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戸を開けると、冷たい空気が身体を包み込む。
昼間はいまだ夏の名残を感じさせることもあれど、朝夕の寒さは確実に秋の進行を、冬の先触れを伝えてくる。
冷たい空気は呼吸をするたびに体の中に入り込み、起きたばかりの頭をしゃきりとさせる。
朝の新鮮な冷気を存分に体内に巡らせると、少女は夜露に濡れた落ち葉を踏みしめて家の裏手に周りこんだ。
今は少女一人だけが暮らすこの家の裏には、小さな畑と、井戸があった。
畑に植えられているのは、名前も知らない草や花。彼女が世話をしてはいるが、元々は彼女の保護者が世話をしていた薬草畑だ。その育った草花を使う者はもういないが、生活の足しになるので手入れは続けられていた。
作物たちの様子を見ながら、少女は畑に水をやっていく。
「フィオレ」
呼ばれて振り向けば、籠を抱えた少年が表から続く小道に立っていた。少年は少女――フィオレよりも少しだけ体は大きかったが、年齢は一つか二つくらい下のようだった。籠の中には新鮮な卵と、絞りたての牛乳。
こうして彼が彼女の家に食べ物を届けに来るのは彼女の保護者が存命していた頃からの習慣だった。何年か前に少年が重い病を患ったときに彼女の保護者が治療し、そのことに彼の父は大変感謝したのだという。それ以来、こうして少女が独りになった今でも食べ物を届けてくれている。
フィオレはじょうろを置くと、少年のそばまで駆け寄った。
「おはよう。いつもありがとう」
「……おはよう」
少年はむっつりした顔で挨拶を返す。
その反応にフィオレは首を小さく傾げた。
彼はそう愛想の良いほうではないが、それでもここまで無愛想なのも珍しかった。
「なぁに?」
少女の問いかけに少年は口を開いたが、向かい合う彼女の瞳が笑っているのを見て、苦虫を噛み潰したように眉をしかめた。
「何考えてるんだ?」
「何のこと?」
楽しそうに笑いながら彼女はとぼけて少年の横を通り抜ける。
その後を少年はため息を吐きながらついて行く。
「昨日、エリナさんを尋ねて男が村に来たって」
「そうね、お墓の前で会ったわ。あんな風に泣く男の人って始めて見たわ」
「その後、村から出た様子もないし宿にも泊まってないって」
「ええ、昨日は泊まってもらったの。色々と話が盛り上がったから」
家の表へ戻り、戸の前まで来ると、フィオレは振り返って少年から籠を受け取った。
「おじさんにもよろしく伝えて」
笑う少女を、少年は複雑な表情で見下ろす。
「お前が家に男を連れ込んだって……」
「噂になってるって? まだ夜も明けたばかりなのに早いのね」
こともなげに言う彼女に少年は再びため息を吐く。
「本当に、何考えてるんだ?」
「さぁ、何かしら?」
フィオレは楽しそうに笑う。
こんなに笑う彼女を少年は始めて見た気がした。
「あんまり煽ってやるな」
全てを承知で振舞っている彼女には無駄なことだとはわかってたが、彼は忠告しないではいられなかった。
「ありがとう。でも大丈夫、上手くやるわ」
そう言う少女に、少年は諦めたように手を振ることしかできなかった。