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村の雑貨屋の店主の朝は早い。起きて身支度を整え、手早く朝食を済ませると、商品を補充しながら軽く掃除をして店を開ける。けれど開店直後に店を訪れる客はめったにおらず、たいていは太陽が空にしっかりと昇った頃になってようやく一番客がやって来る。それまで珈琲を飲みながらのんびりと過ごすのが店主の日課であり、楽しみでもあった。
しかし、その日に限っては違っていた。珍しいことに、店主が珈琲を入れていつものように帳場に腰を落ち着けてしばらくもしないうちに最初の客が戸を叩いたのだ。
戸口の鈴を鳴らしながら入ってきたのはまだ幼さの残る少女と、中年と言うにはいささか若く、青年と言うには少々とうの立ちすぎた男。少女のほうは村の外れに今は一人で住んでいる既知の、と言うよりは馴染みの客だ。もう一方の男のほうは始めてみる顔だった。この狭い村で見知らぬ者などいるはずもなく、おのずと他所からの来訪者であると知れる。
「おはようさん、今日は早いね」
「おはようございます。お楽しみのところを邪魔しましたか?」
店主が少女に声をかければ、そんな答えが返ってきた。まだあまり頁の進んでいない本を閉じたのを見ての言葉だろう。
それに店主は軽く肩をすくめる。
「店は開けてるんだからお客がいつ来ようと構いやしないさ」
「残念ながら今日はお客さんじゃないの」
少女は笑いながらそう言うと、彼女の後ろに立って店内を見回していた男を示した。
「この人に話を聞かせてあげてください」
「ほう、そちらさんは?」
話を向けられて男は慌てて頭を下げる。
「朝早くにすみません。僕はリドウィスと申します。エレナの古い知り合いで……」
「あの人の昔の恋人なんですって」
彼があえて濁した事柄を少女は臆面もなく告げた。
男は眉尻を下げて困ったような顔で少女を見たが、当の彼女は本当のことでしょうと言いたげに軽く肩をすくめて見せただけだった。
そして男に店主を紹介する。
「雑貨屋の主人のセヴィーさん。庭の薬草なんかを買い取ってくれたりするから、あの人とも比較的付き合いのあったほうよ」
「よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
律儀にぺこりと頭を下げる男に、店主も軽く頭を下げた。
「それで? そのエレナの元彼さんに何を話して聞かせてあげればいいんだい?」
「あの人の村での様子とか聞きたいそうよ」
店主の問いかけに少女が答える。
「それならお前さんのほうがようく知ってると思うけどね」
「でも私の知らないことだってあるわ。あの人がここに来たばかりの頃のこととか……。それに私に聞きにくい事だってあるでしょう?」
笑いながらの少女の言葉に男は少し居心地悪そうに身じろぎしたが、店主は納得したように頷いた。
「だがお前さんがここにいたんなら、意味はないんじゃないかい?」
「もちろんちゃんと席は外すわ。オーグさんのところにお届けものがあるから」
少女はそう言って手に持っていた籠を掲げて見せた。籠には布がかかっていて中に何が入っているのかはわからなかったが、そう大きいものではないようだった。
店主は少し首を傾げる。
「一人で、かい?」
「何か問題があって?」
にこりと笑う少女に店主は一つため息を吐いた。
「お前さんに言うことでもないだろけど、まぁ気を付けることだね」
「それじゃあ、よろしくお願いね」
ひらりと軽く手を振って、少女は入ってきた時と同じように戸口の鈴を鳴らしながら出て行った。