不安

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 物が雑多に置かれた店内に珈琲を注ぐ音が静かに響く。
 新しく入れられた珈琲は椅子に座る男の前に置かれた。

「わざわざすみません……」

 差し出された珈琲にか、椅子にか、男は軽く頭を下げたが、店主はどうということもなさそうに肩をすくめ、再び帳場に腰を落ち着けた。
 実際、毎日のように暇な爺婆がやって来ては椅子に座って珈琲を飲んで長話をしていくので、男のためにそれらを用意するのはそう手間でもないのだ。
 店主は珈琲を口に運んだ。
 男もそれに習い、淹れてもらった珈琲を味わう。
 珈琲の純粋な風味が咽喉を通っていく。

「それで、何を話すかね」

 男が一息ついたのを店主は見計らって切り出した。
 男はカップを置くと、少し躊躇いながら口を開いた。

「フィオレの、父親のことについて窺いたいんです」

 店主は目を細めて男を見やる。

「当人には聞いたのかい?」
「フィオレは父親のことは知らないと……。物心ついたときにはすでにおらず、エレナにも尋ねたことはないと……」
「ふむ……」

 店主は左手であごを撫でた。

「あの子が知らんと言うんなら、それ以上の情報はもう得られんだろうよ」
「そう、ですか……」

 ちくたくと棚の時計が規則正しく秒針を回している。

「エレナがこの村にやって来て――初めの頃は本当に誰とも付き合っとらんかったようだから、実のところいつ越してきたのか、正確なことはわからんのだがね。まぁ、村に来てから、たぶん二年か、三年ぐらいだったかな。その頃には引きこもるように生活していたあの子も最低限必要な物を買いにウチに来たりして、多少は村人と交流するようにはなっていたんだけども、ある時小さな子供をつれて来てね。それがフィオレだったんだよ」

 店主は喉を潤すために珈琲を口へと運ぶ。

「だからフィオレがいつからエレナと暮らしているのか、父親が誰なのか、そういうことを知る者は誰もおらんのさ」

 男は目を伏せてじっとカップの中の珈琲を見つめた。
 黒い水面は彼の心のようにゆらゆらと揺れている。

「あんたが気にかかってるのはフィオレかい?」

 店主が問うた。

「フィオレには……世話をしてくれる人や、後見になってくれるような人はいないんでしょうか」
「……あの子なら、一人でもそう心配することはないと思うが……。まぁ、引き取りたいと言っている者がいないでもない」

 よかったと男は息を吐いた。
 だが店主は肩をすくめる。

「引き取るというよりは、あれは嫁として迎えたいって感じだがね」
「な!?」

 男は音を立てて椅子から立ち上がった。