Rainy season

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 こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
 私は大きな北の都市のはずれにある小さな家に居候している幽霊です。
 ここ数日雨がちな天気が続いています。
 北の大地に梅雨はないと言われていますが、それでもやはり雨が続いてしまう時期というのがあります。蝦夷梅雨と言うんだそうです。
 散歩が趣味の私ですが、雨の日はなんとなく引きこもりがちになってしまいます。
 幽霊なので濡れることも寒さ暑さを感じることもないので、外に出ることに支障はないのですが、雨が降っていると家の中で大人しくしているほうが良いような気になるのです。もちろん、雨の中を散策するのは決して嫌いなわけではないのですが。
 出かけない日は大抵、居間の大きな窓の側に座って色々な草花が自由に育っているお庭を眺めて日がな一日過ごします。
 私はこのお庭が好きです。それこそ丸一日眺めていても飽きないほどに。
 このお家のご主人である修也さんも、もう一人の住人である継春くんもそれほどお手入れはしていないのに、このお庭に育つ植物たちはとても見事に花を咲かせるのが少し不思議です。
 今は綺麗に咲いた石楠花やライラック、芝桜の花が雨に濡れています。
 今日もやはりこのお家の一員であるトラ猫のトラコさんのお隣でぼんやりとその光景を眺めていると、珍しく継春くんがお隣に座りました。
 先日、公園でばったり出くわして改めて自己紹介をしてからは、挨拶だけでなく少しですが会話をするようになりました。
 とは言っても、やはり私が一方的に話していることの方が多いのですが。
 それでも、継春くんはちゃんと聞いてくれているようで、時々返事をくれます。
 継春くんはまだ学生さんですが、真剣に絵の勉強をしているので学校がお休みの日もほとんどお家にはいません。色んな所にスケッチをしに行ったり、美術館を見に行ったりしているのだそうです。
 いつもなら雨でも関係なくお出かけするのですが、今日はしないのでしょうか。
 スケッチブックを抱えて、鉛筆を持っています。
 もしかすると。

「あれ、ウチの庭を描くの?」

 居間を通りかかった修也さんが後ろから声をかけてきました。
 継春くんはちらりとこちらに視線を一瞬だけ向けてから頷きます。

「たまには、身近なものもいいかなって思って……」
「後で見せてもらってもいい?」

 ダメかな、という修也さんの言葉に継春くんはあっさりと良いですよと答えた。

「やった。それじゃ、出かけてくるから、帰ってきたら見せてよ」

 継春くんは頷いて、いってらっしゃいと窓の前で見送りました。
 私はトラコさんと一緒に玄関までお見送りして、また居間の窓の前に戻りました。
 さっきと同じようにトラコさん、私、継春くんの順に並びます。
 戻ってきた私を何故か継春くんは見てきます。何か言いたいことでもあるのでしょうか。

「アンタさぁ……」

 首を傾げていると、珍しく継春くんから話しかけてきてくれました。迷うように、あるいは言いにくそうにしながら疑問を口にします。

「もしかして叔父さんのこと、好きなの?」
「はい」

 私はてらいもなく肯定しました。
 それを聞いて継春くんはまた言いにくそうに口を開きます。

「……叔父さんて、彼女いるよ」
「知ってます」

 再び私が肯定すると、継春くんはぎゅっと眉をしかめました。
 多分、困っているのでしょう。
 何度か口を開けたり閉じたりして、でも結局何も言わずに口を閉じて視線を窓の外へ向けました。
 継春くんがスケッチブックに鉛筆の先を乗せるのを見てから、私も雨に濡れる庭へと視線を移しました。
 私は修也さんが好きです。
 でもその好きがどんな好きなのか、自分でもよく分かっていません。トラコさんやこのお庭を好きだと思うのと同列の好きなのか、それとも恋愛感情としての特別な好きなのか。
 けれど、はっきりさせるつもりはありません。
 普通の幽霊と少し違うとは言え、私が幽霊であることには変わりありません。継春くんのように幽霊の姿が見えて声が聞こえる人でない限りは、私の存在すらも認識してもらえないのです。
 この気持ちの正体をはっきりさせたところで、どうしようもないと思います。
 だから、今のまま、曖昧なままが私は一番良い気がしています。
 臆病なだけかもしれませんけど。

「継春くんは優しいですね。ありがとうございます」
「別に、優しくなんか……」

 それでも私は優しいと思います。