Flower viewing

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 こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
 私は北の大きな都市のはずれにある、小さな一軒家に居候させてもらっている幽霊です。
 四月も終わり、五月頭の連休に入りました。
 このくらいの時期になると、この辺りももうすっかり春です。根気強く残っていた庭の片隅の雪もすっかりと融けてしまいました。
 開花宣言はまだみたいですが、あちこちで桜がちらほらと咲き始めています。連休の終わりに、見頃が間に合うかどうかといった感じでしょうか。
 居候させてもらっているお家の新しい住人である継春くんとは、出会った当初よりは良い関係を築けていると思います。
 とは言っても、毎日おはようございますと、いってらっしゃい、お帰りなさい、それからおやすみなさいの挨拶をしているだけなのですが。
 継春くんも初めは少し戸惑っていたみたいですが、今では小さくではありますが挨拶を返してくれるようになりました。
 お家の主人である修也さんは私が見えない方なので、何か言ったり挨拶しても応えが返ってくることはありません。なので今まで私の声を聞いてくれるのは、トラコさんのような猫さんたちか、私のお仲間である幽霊さんたちだけでした。
 だからでしょうか。継春くんから返事を貰えることがなんだかとても嬉しいのです。
 本当はもっとお話をしてみたいのですが、中々時間が合いません。
 継春くんはまだ学生なので平日の昼間は学校に行ってしまいますし、お休みの日もよくどこかへ出かけていってしまいお家にはあまりないのです。
 この連休に入ってからも継春くんは毎日朝から夕方まで出かけています。
 やっぱり私のことが嫌で家を避けているのかとも思ったのですが、どうやら違うようです。
 どこへ行っているのか、何をしているのか、聞いてみたいのですが、まだそこまで踏み込めるほどには仲良くなっていません。
 いつか教えてもらえるようになれたら良いと思っています。
 何か仲良くなれる切っ掛けみたいなものがあると良いのですが……。
 今日もまた朝からどこかへ出かけてしまいました。
 一人で考え込んでみても良い案は浮かばないので、私も出かけることにしました。
 今年の連休は天気にも恵まれてお花見日和ですから、お花を見に少し遠出しがてらお友達の幽霊さんに会いに行きましょう。
 桜にはまだ少し早いですが、桜以外のお花はたくさん咲いています。
 地面にはタンポポ、パンジー、クロッカス、チューリップ。視線を上げればツツジ、山吹、梅、木蓮。
 色とりどりの花が目に鮮やかです。
 お花を眺めながらゆっくり歩いて、少し遠めの大きい公園にやって来ました。お花の名前の付けられているこの公園はとても敷地が広く、テーマによっていくつかのスペースに分けられています。
 子供たちが遊べる色々な遊具が設置されているスペースもあれば、広々とした芝生のスペースもあります。季節のお花が植えられたスペースもあれば、一年通じて楽しめる温室もあります。
 たくさんの植物を見られるので、この公園は私のお気に入りの場所の一つです。
 変わった色や形をしたチューリップを眺めながら公園の中を散策していると、ふと見知った人影を見つけました。
 なんと、継春くんです。
 花壇の横のベンチに座り、腕にスケッチブックを抱えています。真剣な眼差しを風景と紙面に注いで、鉛筆を持った手を動かしています。
 やはりアレはお絵描きをしているのでしょうか。
 邪魔してはいけないとも思いましたが、好奇心には勝てず、静かに近付いてみました。
 横に座ってみましたが集中している継春くんは気が付きません。
 その横顔を見つめました。
 真っ直ぐで、迷いのない目です。
 しばらくして、継春くんは手を止めました。
 スケッチブックと風景を二、三度見比べ、納得がいったのか一つ頷きました。
 鉛筆をしまおうと横を向き、そこでようやく私に気が付きました。
 ひどく驚いているようで、目を丸くして口をぱくぱくとさせています。

「継春くんはお絵描きさんだったんですね」
「アンタって……家にいるヤツ、だよな?」

 そういえば、私が普通の幽霊とは少し違うことをまだ継春くんは知らないのでした。
 同じ屋根の下で暮らし始めて一ヶ月ほどは経つというのに、私たちはお互いのことをほとんど何も知らなかったのだと改めて思います。
 名前を名乗ってもいませんでした。
 私は笑って、頭をぺこりと下げました。

「冬の子供と書いてトウコと言います。時野修也さんのお家に居候させてもらっている幽霊です」