With you

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 こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
 私は大きな都市のはずれにある小さな家に居候している幽霊です。
 趣味はお散歩です。幽霊ですから特にしなければいけないこともないので、毎日のんびりとご近所を歩いたり、ちょっと遠くまで足を延ばして知らない場所を歩いてみたりもします。
 お散歩をしていると時々お仲間の幽霊さんと出会ったりすることもあります。私は何故だか自由に立ち歩くことが出来ますが、大抵の幽霊さんは特定の場所から動けないことが多いです。中にはしゃべることも出来ない方や、そもそも私のことを認識してくださらない方もいます。
 その日出会った幽霊さんもそんなおしゃべりも見てもくださらない方でした。小さな商店街の古いお団子屋さんの前に置いてあるベンチに座っていました。むっつりと眉をしかめて難しい顔をしているお爺さんです。
 初めは怖い方なのかもしれないと思いました。けれどその印象はすぐに変わります。お爺さんの足元に猫さんがじゃれていたからです。猫さんが懐いている方なら怖い方ではないと思ったんです。
 返事は貰えないと分かっていましたが、一言声をかけてお隣に座らせてもらいました。
 まだ少し朝の早い時間帯だからでしょうか、商店街に人通りはあまりなく、シャッターが下りているお店も見られました。
 お爺さんはぴしっと背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見て座っています。正面にはまだシャッターの閉まったクリーニング屋さんがありますが、きっとお店を見ているわけではないのでしょう。何も見てないのかもしれません。口をきいてくださらないので分かりませんでした。
 でも私はできることならばお友達になりたいと思って、一人で勝手に話し始めました。
 私のことや居候させていただいているお家のこと、幽霊になってから出会った方たちのこと、色んなことを思いつくままに喋りました。
 色々とお話して一息吐いた所で不意に猫さんが一声鳴きました。そしてお爺さんの足元から離れていきます。
 猫さんが駆けていった方を見ると一人のお婆さんがいました。ふくよかでおっとりと優しそうに笑っています。お婆さんは足元にやって来た猫さんの頭を撫でるようにしました。
 それからゆっくりとこちらに歩いてきます。
 見ているとお爺さんの前で立ち止まり、そして言いました。

「お待たせしました」

 お爺さんは何も応えず、けれど立ち上がりました。ぷいっとそっぽを向いて一人で歩き出します。
 お婆さんはにこにこと笑いながら今度は私に話しかけてきました。

「こんな偏屈な年寄りの相手してくださってありがとうね、お嬢さん」

 ぽかんと見ていた私は慌てて首を横に振りました。

「いいえ! 一人で勝手に喋ってただけですから!」
「嬢ちゃん、何か話すときはちゃんと考えて筋道立ててから話しな。内容があっちこっちいってアンタの話は分かりにくいよ」

 お爺さんが数歩進んだ先で言いました。
 話している間は何にも反応は返してくれませんでしたけど、ちゃんと聞いていてくれていたようです。
 嬉しくて私はにっこりと笑いました。

「ほら、行くぞ。お前さんを待っていたらだいぶ時間をくっちまった」
「あらあら、女の支度は時間がかかると相場が決まっているじゃないですか」

 そんなことを言い合いながらお二人は商店街の出口の方へ歩き出しました。

「あ、あの! どこへ行かれるんですか?」

 私は慌てて声をかけました。
 お二人が振り返ります。

「行くべき場所へ、ですよ」
「嬢ちゃんみたいに若い身空でそんなんなっちまったら未練も多いだろうが、さっさと向こうに行っちまった方がいいぜ」

 どう答えたらいいのか分からず、私は曖昧に笑って見送りました。
 お二人の姿は商店街を出た辺りで見えなくなってしまいました。煙のように消えてしまったのです。
 私も商店街の入り口に立ってみました。けれどお二人の姿はもう何処にも見えず、お二人が歩いていったであろう道もまったく見えません。普通の道路や家並みが続いているだけです。
 途方にくれる私の足元に猫さんがじゃれ付きに来てくれました。慰めようとしてくれていたのかもしれません。
 私はその場にしゃがむと、その毛並みをゆっくりと撫でるようにしてあげました。
 『行くべき場所』とは、『向こう』とは、所謂『あの世』などと呼ばれる類の場所のことなのでしょうか。
 でも、そこへはどうやって行ったらいいのでしょう。
 普通は行き方を知っているものなのでしょうか。それとも自然と分かることなのでしょうか。
 それなりに長く幽霊をやっているつもりですが、私は何も知りません。
 いつかは私も『そこ』へ行ける日が来るのでしょうか。