Catch a cold

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 こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
 私は大きな都市のはずれにある小さな家に居候している幽霊です。
 私の朝は、早めに起きて散歩に行って、帰ってきたら一緒に住んでるトラ猫のトラコさんに挨拶をして、この家のご主人である修也さんが会社に行くのを見送る、というのが習慣なんですけど……。
 何故だか今日は修也さんが起きてきません。今日はもちろん平日です。たまたま会社がお休みっていうこともないと思います。昨夜もそれほど夜更かしせずに就寝されたようでしたので。修也さんはよく寝坊をするので、今日も寝坊かなとも思ったんですけど、それにしてはちょっと遅すぎます。もういつも家を出て行く時間を過ぎています。どうしたんでしょうか。
 心配になって二階の修也さんの部屋の前まで来てみたんですけど、やっぱり無断で他人の部屋を覗くのはちょっと気が引けちゃいます。
 一緒に来たトラコさんも少し心配そうににゃーにゃー鳴いています。
 そうやって部屋の前でおろおろしていたら、突然ドアが開いて修也さんが出てきました。でもいつもとは違ってなんだかとってもだるそうで、それにまだパジャマのままです。

「あー……悪い。エサ、今用意するな」

 足元で鳴いているトラコさんを見て修也さんはそう言いましたが、その声も掠れていました。
 それから修也さんは階段を下りてトラコさんにご飯を出してあげました。ふらふらしてて、立っているのも辛そうです。
 何かしてあげたいのですが、私は幽霊なので何もできません。
 修也さんは熱を計ってからどこかに電話をかけました。

「時野です。……ええ、そうなんです。熱が少し高くて…………はい。そうさせてもらいます。すみません。……いえ、…………はい。大丈夫です。…………はい。………………はい。わかりました。ありがとうございます」

 電話を切ると大きくため息を吐いてテーブルに突っ伏してしましました。
 どうやらお仕事はお休みするみたいです。
 修也さんはしばらくそうしていましたが、もう一度ため息を吐くと、起き上がりました。冷蔵庫から食パンを出すと、そのまま焼かずに、ジャムもバターもぬらないでそのまま食べました。もしかしたら食欲もないのかもしれません。なんだか無理やりパンを口の中に入れて飲み込んでる感じです。それから修也さんは風邪薬を飲んで、部屋に戻ってまたベッドに横になりました。
 いつもなら修也さんが出勤した後に私も出かけるのですが、今日は修也さんが心配で出かける気になりません。幽霊の私がいたところで何もできないのですが……。
 少し気が咎めましたが、静かに修也さんの部屋の中に入って寝ている修也さんの様子を見てみました。熱が高いせいか、やっぱり少し辛そうです。
 無意味なことだとわかっていましたが、手をそっと修也さんの額に当てるようにしてみました。もちろん私は幽霊ですから人には触れることが出来ません。だから本当に無意味なことで、ただ単に私の自己満足のですが……。
 それでも、なんとなく、修也さんの辛そうな表情が少し緩んだような、そんな気がしました。