Cherry blossom

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 こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
 私は大きな都市のはずれにある小さな家に居候している幽霊です。
 最近はめっきり春らしく暖かくなってきたので、家の近所では至る所で桜の花が咲き始めています。
 私が居候している家は大きさの割には広い庭がありますが、残念なことに桜の木はありません。でもその代わりに桜草が植えられています。近所の桜が咲いていくのにつられるように、その桜草も最近花がほころび始めました。
 毎年、この時期にだけ会えるお友達がいます。
 やはり私と同じように幽霊で、だけどやっぱり私とは違って特定の場所から動けません。
 彼女はこの桜の咲く時期にだけ、家のすぐ近くの神社の境内にある大きな桜の木の下に現れます。きれいな着物を着て、髪もちゃんと結っていて、まるで時代劇に出てくる人のような出で立ちをしています。もしかしたらとっても昔の人なのかもしれません。どうも彼女は無口な性質のようで、私は今まで一度も彼女が口を開くところを見たことがありません。だから彼女のことはなんにも知らないんです。それでも、お花見がてら会いに行くと、にっこりと笑って歓迎してくれます。
 なので私は桜が咲く時期には必ず彼女に会いに行くことにしています。
 だけど今年はまだ、彼女に会いに行っていません。ちょっとだけ、行くのが怖いんです……。
 去年の秋に大きな台風が来ました。ものすごい風で屋根が飛んだり、看板が壊れたり、とっても大変でした。その時に、神社の桜の木も幹の中ほどあたりから大きく折れてしまいました。それはいつも彼女が現れる木でした。
 もう花は咲かないかもしれない、という話を私は耳にしました。
 その話を聞いて、もしかしたら彼女は現れないかもしれない。私はそんなことを考えてしまいました。
 彼女はいつも桜の咲くあの木の下にいました。
 あの木に桜が咲かなければ、彼女とはもう会えないかもしれない。
 そう考えると、胸の辺りがきゅっと締め付けられるような感じがします。
 もし本当にいなかったら。もし本当に会えなかったら。
 だからまだ、会いにいけないでいます。
 でも、それでも、いつまでも怖がってばかりもいられません。だってそれはただの私の想像でしかないのです。私の想像が大ハズレして、桜の花が咲いていなくても、彼女はあの木の側にいつものように立っているかもしれません。そうしたら、彼女はいつも来るはずの私が来ないことを不思議に思っているかもしれません。心配しているかもしれません。
 だから、私は意を決して会いに行くことにしました。
 普段は人気のない神社も、桜の咲くこの時期はお花見をしに来る人で少しだけにぎやかになります。私が行った時もちょう数人ほど人がいました。
 鳥居をくぐるとすぐに、彼女が折れた桜の木の側に立っているのが見えました。
 想像はただの想像に過ぎなかったのだと、私はとてもほっとしました。
 折れた木の側に立つ彼女は私に気が付くと、手招きしました。なんだか、いつもよりも嬉しそうに微笑んでいます。
 それを少し不思議に思いながら近づくと、今度は折れた木を示しました。
 彼女の示す物を見て、私も嬉しくてにっこりと笑いました。
 折れた幹から伸びた細い枝に、一輪だけ桜の花が咲いていました。