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こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
私は北の大きな都市の外れにある、小さなお家に居候させてもらっている幽霊です。
北の大地の夏はあっという間に通り過ぎていきました。もう北の大地は秋です。
九月も半ばを過ぎれば日差しのとげとげしさはなくなり、庭木や街路樹の葉も色づいてきています。太陽が傾き始めれば風はすっかり冷たくなって、道行く人たちの多くが上着を身に着けるようになりました。
今日は満月です。
いわゆる、中秋の名月というやつです。
今日は風も穏やかで雲も少なく、絶好のお月見日和になりました。普段はあまり夜に出歩くことはないのですが、今日はせっかくなので夜のお散歩に行こうと思います。
お家の御主人である修也さんはお仕事が忙しいのか、まだ帰ってきてはいません。
もう一人の住人である継春くんは宿題があるそうで、学校から帰ってきて食事をしてからすぐに部屋に籠っています。
一緒に行きますか、とこのお家の最後の住人であるネコのトラコさんにお伺いしてみます。
ソファの上で寝転んでいたトラコさんは軽く頭をもたげてこちらを見てくれましたが、一つあくびをしてから背中を伸ばし、ソファを降りてどこかへ行ってしまいました。
残念ながら振られてしまったようです。
仕方がないので一人で散歩に行ってきます。
一応継春くんに一言声をかけてから出かけることにしましょう。
ドアをノックすることができないので、ドアの前から声をかけます。
「継春くん、ちょっとお散歩に行ってきます」
軽く物音がしたと思うと、ドアが開いて継春くんが顔を見せてくれました。
「散歩? こんな時間に?」
「はい、今日は満月なので、お月見しに行こうかと」
「へぇ……」
継春くんは部屋の中にちらりと視線をやってから、一緒に行くと言いました。
「宿題は大丈夫なんですか?」
「だいたいは終わってるから、気分転換。……一人のほうがよかった?」
そんなことありません、と慌てて首を横に振りました。
一人でのお散歩でも構いませんでしたが、それでもやはり二人で行けるほうが断然嬉しいです。
継春くんは上に薄手の上着を一枚はおって、小さめの鞄を一つだけ持って出ました。さすがにこんな時間ですから、いつも持ち歩いているスケッチブックなどは持っていかないようです。
「あぁ、たしかにきれいな満月だ」
外に出て空を見上げながら継春くんは言いました。
正直、お月見がてら散歩にとは思っていましたが、どこに行こうとは考えていなかったのでどうしましょうか。そんなに遠くへ行くわけにもいきませんし。
「向こうの公園まで行ってみようか」
継春くんが示したのはご近所にある公園のひとつで、ブランコとシーソーがあるだけの小さな公園でした。近くにある公園の中では少し離れています。
でもお散歩ですから、ちょうどいいかもしれません。
公園に向かいながらあれこれ最近あったことをお話しします。いつものように主に話しているのは私で、継春くんはそれに相槌や一言二言言葉を返してくれます。
夜なので継春くんは声を抑えています。
それにつられるように、私もなんとなく声の大きさをいつもよりひかえめにしてしまいます。私は幽霊なので声の大きさなんて関係ないのですが。
そういえば、夜に継春くんと外に出かけるのは初めてです。
それもあってか、なんとなく気持ちがふわふわとしています。
継春くんからも機嫌がよさそうだと言われてしまいました。
少し恥ずかしいです。
でもしょうがないことです。事実、こうして継春くんと一緒にきれいなお月様を見られることが、とても嬉しいのですから。