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空いた窓から風が吹き込み、窓辺に吊るされている風鈴がチリリンと鳴った。
継春は仏壇の前の座布団に座ると、ロウソクから線香に火を移し、軽く仰いでから香炉に立てた。
まだ長い線香の先から立ち昇る煙は、先に立っていた短い線香の煙と共にゆらゆらと揺れながら掻き消えていく。
仏壇の両脇には提灯やお供え物らしき箱がいくつも置かれている。
継春は手を胸の前であわせ、目を閉じた。
またチリンと風鈴が鳴る。
七月の後半から夏休みに入っていたものの、夏期講習や部活にかこつけて実家に帰らずにいた継春だったが、さすがにお盆には顔を見せるようにと母親から強制帰還の命が下ってしまったのだった。
本当はずっと叔父の家で絵を描いていたかったが、そればかりは仕方がない。わざわざ遠いところの学校に通わせてもらっている身なのだから。
正直なところ、継春はあまりこの時期が好きではない。
学校が休みになって色々な場所に出かけられたり、一日中絵を描いたりしていられるのだけれど、夏の――それもお盆の時期というのは、いわゆる地獄の釜の蓋の開く時期だ。
亡くなった先祖が帰ってくると言われている時期。
やはりお盆前後にはいつもより多くの幽霊を目にすることが多いのだ。
だから、継春はこの時期が好きではない。
目を開けて手をおろしながら継春は一つ息を吐いた。
座ったまま後ろにずれて座布団から降りる。
視線を仏壇から横へと移せば、そこにはにこにこと笑みを浮かべた一人の老婆が小さく座っている。
老婆は継春の曾祖母かその一つ前の祖母らしい。
当然ではあるが、幽霊だ。
やはり、帰ってきているのだろう。
毎年この老婆が現れるわけではない。いかめしい顔をした老人や、まだ若い青年が来ることもある。
この時期にだけ現れるということは血の繋がりのある誰かかしらなのだろうと思うのだが、幽霊への嫌悪感があるために今までは決して近づくことなく避けていた。
彼らが自分に何かをしたわけでもないのに、ただ幽霊だというだけで忌避していた。
今でもまだその気持ちはある。
それでも、冬子さんという幽霊と出会ったから。
継春は軽く老婆に頭を下げた。
そのまま、老婆のほうを見ることなく、継春は部屋を出た。
戸を閉めて、息を吐く。
心臓が激しく脈打って痛いくらいだった。
いつかは彼らとも打ち解ける時がくるだろうか。継春自身、そうしたいのかよく分からないのだが。
冬子さんのことを考える。
幽霊である彼女も本当ならば帰るべき場所があるはずだ。居候をしている叔父の家ではなく、血の繋がった人たちが迎えてくれるはずの家が。
けれど彼女はこの時期でさえ、帰らないようだった。
去年もこの時期に帰省していたため、はっきりと知っているわけではない。けれど一泊だけして早々に叔父の家に戻った継春をいつものように出迎えてくれたのだから、おそらく去年は出かけもしなかったのだろう。
冬子さんは、幽霊にしては珍しいことだが、あちこちへ出歩いて毎日を楽しんでいるように見える。なにかしらの制限はあるようだが、いろいろな場所へ行って四季の移ろいなどを堪能しているようだ。
それでも彼女は時々、泣きそうな顔をする。
自覚はないらしく、理由を尋ねてみてもきょとんとしたり、首を傾げたりされる。
幽霊になったということは、何かしらの未練や思い残したことや、やり残したことがあるのだろう。
それが何かはわからない。
いつか、彼女の願いが叶えばいいと思う。