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七夕がしたいと先輩が言い出したのは六月に入ってすぐのことだった。
継春は興味がなく右から左に聞き流していたが、他のノリのいい部員たちからは大いに賛同を得てあれこれと盛り上がっていた。
さらに言いだしっぺの先輩に行動力がただいにあったため、それは内輪の話だけに留まらず、生徒会や教師たちにも話が通ってしまい、とうとう美術部主催の校内イベントへと大きく発展してしまったのであった。
「そんなわけで竹か笹描いて」
いつものように放課後部室である美術室にやってきた継春に先輩は前置きもなくそう言った。
鞄を置く間もなく言われた継春は目を瞬かせた。
「なんなんですか、突然」
「七夕のやつの君のお仕事」
「はぁ……」
継春はとりあえず近くの机に鞄を置いて椅子に腰掛けた。
向かいの席の椅子に先輩も座る。
それで、と継春は聞く。
「描くんですか、笹」
「そう、そのほうが美術部らしいじゃない?」
「本当は?」
「流石に笹とか竹とか手に入んなくってさー。いや、お金さえ積めばどうにかはなるんだろうけど、これ突発的な行事じゃない? だから予算もそんなにないわけよ」
先輩はあっけらかんと答えた。
「で、頼んでいい?」
ずいっと先輩が身を乗り出してくるので、継春は逆に軽く身を引きながら言う。
「……先輩が描いたら良いんじゃないですか?」
「もちろん描くよー、三年生の分。学年ごとに分けようってことになってさ、だったらいっそ笹描くのも各学年の部員でってことになったの。一年の子にはもう頼んであるから」
「で、二年の分は俺、ってことですか」
そう、と先輩はにっこり笑って頷いた。
継春は軽く息を吐いた。
「まぁ……いいですけど」
「ありがと! 短冊一番良い位置に貼らせてあげるね!」
「いや、それは別にいいです……。笹だけ描けば良いんですか?」
「そう、飾りも短冊同様別に描いて後から貼ってく方式だから。そっちはそっちでもう別の子に頼んであるから大丈夫。紙の準備は今週中にはできるみたいだからよろしくね!」
はぁ、と継春は諦めたように頷いた。
「あと、これ、ノルマね」
そう言って先輩は細長く切られた数枚の紙――短冊を机の上に置いた。
継春はわずかに眉をよせる。
「……ノルマ、ですか」
「短冊が少ないと寂しいじゃない。クラスとか友達近所に配ってほしいのよ。あ、足りなければもっと持って行っても良いわよ!」
「いえ! これだけで十分です」
さらに紙を足そうとする先輩を押しとどめて、継春は短冊を手に取った。枚数を数えながら頼まれてくれそうな知り合いをあれこれと思い浮かべていく。
どうにか配りきれそうだと安心したところで、ふと一つの顔が浮かぶ。
「これって……」
言いかけて、けれど継春は思い直して口を閉じた。
「なんでもないです」
「えええー! 言いかけてやめるのやめて! 気になるじゃない!」
「あ、いや、ただ……この短冊ってこの学校の人じゃない人にお願いしても、良いのかなって思っただけです……」
「全然おっけー! 親兄弟ご近所さん他校の生徒どんとこい! やっぱもっと持ってく?」
「いえ! 大丈夫ですから!」
継春は余計なことを言ってしまったせいでさらにノルマを押し付けられそうになったのを、どうにか押しとどめた。
短冊をしまいながら、さっき一瞬だけ浮かんだ人のことを思う。
彼女なら、何を願うだろうか。