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こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
私は北の大きな都市の外れにある、小さなお家に居候させてもらっている幽霊です。
雨がちだった日々も気が付けば過ぎていき、日差しが随分と高くなってきました。
北の大地にもようやく夏が訪れはじめている感じです。
近くのお家の庭先の紫陽花が綺麗に色付いてきています。ラベンダーもそろそろ咲いている姿を見かけるようになりました。
色とりどりのお花が街を彩る季節です。
そうでなくても、最近街はきらきらとしています。
七月の初めといえば七夕です。
北の地域の七夕は本来だと八月なのですが、近年では一般的な七夕にも合わせて七月でも街のあちこちで七夕飾りを見かけるようになりました。
色紙の輪飾りや編み飾り、銀や金のお星さまが街を彩っています。
今たまたま通りかかったお店の店先にも色紙などでカラフルに飾り付けられた笹がありました。
見れば、お願い事などが書かれた短冊もいくつか笹に下げられています。
「継春くんも短冊にお願い事を書きましたか?」
一緒に歩いている継春くんに聞いてみました。
継春くんは少し前まで何事か酷く悩んでいたようで、絵を描くのもあまり手につかないようでした。
でも、それは解決したのか、解決しつつあるのか、このところ考え込んでいる姿はあまり見なくなりました。
幽霊の私には何もできないけれど――いえ、何も出来ないからこそ、何事もなければ良いなと思います。
「書いてない……けど部活で笹は描いた」
歩きながら、継春くんは答えてくれました。
「笹、をですか?」
「先輩がこういうイベント事が好きで。だけどこの辺りだと笹とか背の高い竹は手に入れにくいし、美術部なんだからってことで……」
「笹の絵を描いたんですか?」
「俺が大きな紙に笹を描いて、他の部員がそこに七夕飾りとか短冊を描いたり張ったりしてるんだ」
「面白いですね」
「八月だと夏休み入ってるからって、本州のほうに合わせたんだ」
継春くんがちらりと私のほうを見て、けれど何も言わずに視線を前に戻しました。
「どうかしましたか?」
「いや……」
私は軽く首を傾げて問いかけましたが、継春くんは言葉を濁します。
なんだろうと思いつつも、私はそれ以上重ねて問いかけることはしませんでした。
けれどしばらくしてから継春くんは口を開きました。冬子さんは、と。
「何か短冊に書きたいこととかある?」
私は思いがけない問いに、つい足を止めて目をぱちくりとさせました。
数歩進んだ先で継春くんも止まって、振り返りました。
「私が、ですか?」
そんなことは考えたことありませんでした。
なにせ私は幽霊ですから、短冊に何かを書くことなどできません。
「もし……何かあれば、代わりに書くよ」
継春くんの優しい言葉に、けれど私は何も言うことはできませんでした。
色んなことが頭の上に浮かんでは消えていきます。それらのどれか一片でも掴もうとしても、するりと手の中をすり抜けていくばかりで、上手くまとめることは出来ませんでした。