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こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
私は北の大きな都市の外れにある、小さなお家に居候させてもらっている幽霊です。
五月になると北の大地もすっかりと春です。
色々なお花が一斉に咲き始め、ずいぶんと華やかになっています。
色とりどりのお花が咲いているのを見ていると、なんだか気分がふわふわと軽くなる気がします。
長かった冬が終わった反動なのかもしれません。
お散歩に出るのも楽しくて毎日ふわふわとあちこち歩き回っています。
そして夜、継春くんにどこに何のお花が咲いていたか、どんなお花が咲きそうだったかをお話しします。
ただ残念なことに、桜がまだ咲きそろっていません。
ちらほらと、日当たりのいい場所から咲き始めているのですが、思い出したように寒さが戻ってくるため、蕾が中々開いてくれないようなのです。
それでも、ゴールデンウィークの少し長めのお休みも終わって五月も半ばが近付きつつあるここ数日は暖かい日が続いているため、桜の花もだいぶ咲きそろってきました。
おそらく次のお休みがちょうど見頃になりそうです。
随分と浮かれている様子の私に、継春くんが次のお休みに桜を見に行こうと言ってくれました。
更に、お花見に良い場所を知らないので私のお勧めの場所を案内して欲しいとも。
もちろん私は二つ返事で了承しました。
継春くんとお花見、とても楽しみです。
お休みの日になりました。
週の半ばにとても暖かい日があったため開花が一気に進み、散ってしまわないかと気を揉んだりもしましたが、予想通り、枝もたわわにお花が咲ききって良い感じに見頃です。
お花見をする場所は少し悩みました。
お家のすぐ近くの神社や小学校などにも桜はあるのですが、その辺りであれば継春くんも学校の行き帰りなどで目にしているはずです。
かと言って、私のお勧めの場所とお願いされているので、一般的なお花見スポットを案内するのでは詰まりません。
どうしようか悩みましたが、お家から少し離れた所に案内することにしました。
そこの桜は個人のお宅のお庭に植えられているものなのですが、とても大きな木で、枝が塀からはみ出しています。個人のお宅のお庭なので中に入ることは出来ませんが、塀から出ている分だけでも十分に見ごたえがあります。
また、この辺りでは桜といえばエゾヤマザクラが多いのですが、そこの桜は珍しくソメイヨシノなんです。
エゾヤマザクラはお花と葉っぱが同時に開いてしまうので木全体を見ると少しくすんだ印象を受けてしまいます。それも悪くはないですし、お花自体は濃いピンク色をしていてきれいなんですが、やはり満開の桜と言ってイメージするのはソメイヨシノなどのように薄く色付いたお花だけが枝いっぱいについているものだと思います。
そこの桜はまさに一般的なイメージ通りの桜の木なんです。
ご近所でも有名なのか、お花の時期にその辺りを通りがかると、満開の枝振りを眺めている人をよく見かけます。
継春くんも喜んでくれるといいのですが……。
気持ちよく晴れてうららかなお天気の中を私と継春くんはのんびりと歩いていきます。
歩いて三十分くらいでしょうか。
大きな通りから一本入ったところにそこのお家はあります。
道を曲がるとすぐに桜は見えてきました。
それほど高くない塀を枝は楽々と乗り越えて、屋根のように歩道の頭上を覆っています。
その屋根の色は薄いピンク。満開の桜の軒です。
「これはすごいなぁ」
継春くんが感嘆をもらしました。
喜んでもらえたようで、ほっとします。
満開の桜の下を歩きます。
桜は塀沿いに五本、等間隔に植えられていて、まるで桜の回廊を歩いているようです。
不意に風が吹きました。思いのほか強い風は桜の枝を揺らして花弁を舞い散らせます。
視界が一面、淡いピンク色に染まりました。
風と花吹雪が収まってからふと継春くんのほうを振り返ると、何故だか手をこちらに伸ばしていました。
「どうか、しましたか?」
首を傾げながら問いかければ、軽い苦笑が返ってきました。
「……桜と一緒に、消えてしまうような気がして」
その言葉に私は目をぱちくりとさせました。
消えそうに見えて手を伸ばしてくれたということは、引きとめようとしてくれたということでしょうか。
理解するに従って、頬がじわじわと綻んできます。
ただの咄嗟の反応だったかもしれません、それでも、引きとめようとしてくれたということが嬉しくてたまりませんでした。