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「家に下宿してる甥の継春くん」
簡単に紹介され、継春はぺこりと頭を下げた。
「彼女は茉莉さん、俺の恋人」
「はじめまして」
そう言ってその人はにこりと笑った。
珍しく叔父の修也さんに、ランチを食べに行こうと誘われて連れ出されたお店で待っていたのが、その人だった。
修也さんに付き合っている人がいるのは知っていたが、こんな風に紹介されるとは思ってもみていなくて、どう接していいのか分からずに居心地悪く黙っていた。
それでもその人――茉莉さんはこちらの無愛想さを気にした様子もなく、逆にこんな風に呼び出す形になってしまって申し訳ないと、色々と気を使ってくれた。
ランチもそれほど堅苦しい場所ではなく、リーズナブルな――それでも高校生には少し高めのイタリアンのお店だった。
修也さんが慣れた様子でピザとパスタを二種類ずつ注文する。
あまり口を開かなかった自分の代わりに、修也さんと茉莉さんがよくしゃべった。
二人だけで話すのではなく、ほとんど部外者のような自分にも話が分かるようにと丁寧に話してくれて、適度に話題を振ってもくれた。
初めは居心地の悪さばかり感じていたが、料理が全て揃ってある程度食べ進めた頃にはどうにか会話を楽しめるぐらいには打ち解けることができるようになっていた。
話題がうまく途切れたところで、思い切って質問をしてみた。
「……お二人はやっぱり、結婚するんですか?」
こうしてわざわざ紹介する場を設けたということは、そういうことなのだろうが。
「うん、すぐじゃないけどね」
修也さんが応え、茉莉さんも笑顔で頷いている。
「あの家で暮らすんですか?」
「うーん、そこなんだよね」
修也さんが少し眉を下げながら笑って言う。
「俺もあの家は気に入っているし、茉莉も多分、気に入ると思う。もちろん、あの家の幽霊も、茉莉のことを気に入ってくれるんじゃないかなって思う」
幽霊という言葉に継春はどきりとする。
修也さんは幽霊などを見る目は持っていないが、おぼろげとあの家に何かがいるのではないか、と思っているのだ。
心から信じているわけではないだろう。
いるかもしれない、という軽い、冗談のような気持ち。
そして彼はその見えない何かに恐れではなく、親しみを持っているのだった。
茉莉さんも家にいる幽霊の話は、おそらく初耳でもないのだろう。苦笑気味ながらも、笑って話を聞いている。
馬鹿にしたりするような、否定するような、悪い笑いではない。
そのことに継春は少しだけ胸をなでおろした。
だが修也さんはそんな甥の内心など微塵も気付かずに言葉を続ける。
「ただ、茉莉のご両親と同居するかもしれないんだ。だから、まだどうなるか分からない。それに、もう一、二年は先の予定だからね」
色々考えているけど、まだ決まってはいないのだと修也さんは笑いながら語ってくれた。
いくつかの話題の後、修也さんが用を足しに席を立った。
内心緊張しながら、けれどさりげないように気をつけながら、先程のことを聞いてみた。
「茉莉さんは、幽霊とか……信じてるんですか?」
「お家にいるっていう幽霊さんのこと?」
継春が頷けば、茉莉さんはと水で軽く咽喉を潤わせてから目を楽しそうに煌かせて口を開いた。
「私、昔、幽霊が見えてたの」
継春は目を丸くした。
「と言っても、小学校に入ったぐらいにはもう見えなくなってたから、本当に幽霊を見てたのか、ただの子供の頃の空想だったのか、分からないんだけどね」
だから、と言う。
「信じてる……というのとは違うけど、幽霊とか、目には見えない何かはいるんじゃないかなぁって思っているわ。それに、少しロマンがあるわよね、お家に幽霊がいるのって」
君は、幽霊、いると思う?
茉莉さんのその質問に、継春は答えられなかった。
なんと言うべきか迷っている間に、修也さんが戻ってきたため、うやむやになってしまったからだ。
その後もあれこれと色んな話題で盛り上がったが、幽霊の話はもう出なかった。
短い時間ながらに分かったのは、茉莉さんは明るくて溌剌とした人だということだった。
明るく笑う人だと思った。
その笑顔を見ながら、なんとなく、この場にはいない冬子さんのことを思い出していた。
彼女は今何をしているだろうか。
一人家でのんびりと窓辺に座っているだろうか。あるいは外に散歩に出ているかもしれない。
なんとなく、彼女の顔を見たいと思った。