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こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
私は北の大地の大きな都市のはずれにあるお家に居候させてもらっている幽霊です。
お家の主人は修也さんで、他に甥の継春くんとトラ猫のトラコさんが同居しています。
そこに私はこっそり居させてもらっているのです。
三月になり、南の方の地域ではだいぶ暖かくなり春めいてきているそうですが、北の大地はまだ冬が続いています。
暖かくなってきていますが、依然として雪は降り積もっていて地面はまだまだ真っ白です。
三月に入ってから、私は外に出かけるとき探し物をするようになりました。
明確な目的があるわけではないのです。
漠然とした何かを探しています。
先月、継春くんと映画を見に行きました。
十四日、バレンタインの日に誘われて、次の週末に見に行きました。
もしかしたらあれはバレンタインの贈り物の代わりだったのかもしれないと、今月のカレンダーにホワイトデイという文字を見かけて思い至りました。
もしそうだったら――そうでなかったとしても、継春くんへの日頃の感謝の気持ちを示すために何かをあげられたら、と思ったのです。
そうは言っても、私は幽霊ですので、物をあげることは出来ません。
出来るとすれば、せいぜい何かを教えてあげたり、どこかに案内してあげたりすることぐらいだと思います。
なので、継春に教えてあげられる何か、案内してあげられるようなどこかを探しているのです。
継春くんが学校に行っている平日の昼間にあちこちを歩き回って探しているのですが、なかなかこれというものが見つかりません。
まだ雪の季節なので綺麗な風景も雪が降ったり気温が上がったりで、すぐに変わってしまうからです。
誰かに相談したくても、まさか継春自身に相談するわけにもいかず、この時期なのでまだお知り合いの幽霊さんたちは眠ったままです。
どうしたものかと過ぎていく日付を前に途方に暮れてながらも、一生懸命何かないだろうかと探しました。
ようやく良いと思えるものを見つけたのはホワイトデイまでもう一週間を過ぎた頃のことでした。
数日前からこの時期にしては暖かい日が続き、積もっていた雪がだいぶ融けていたのです。
その融けた雪の下に素敵なものを見付けたのでした。
ホワイトデイ当日は生憎平日なので、案内することができないため、次のお休みの日に継春くんと約束をしました。案内したい場所があるのだと。
約束をしてから、私はそこに毎日訪れました。
天気予報ではしばらく天気が崩れることはないと言っていましたが、冬の天気は変わりやすいものですから、雪が降って見つけたものが隠れてしまわないか心配だったのです。
天気予報の通り、お天気はどうにかもってくれました。
約束していた日の前日までは……。
前の日の夜までは大丈夫だったのですが、明るくなる少し前から雪が降り出してきてしまったのです。
おまけに風も強く、ごうごうという音が外から響いてくるほどです。
私は悄然として居間の大きな窓の前で座っていました。
朝起きてきて外の様子を見た継春くんも少しだけ顔をしかめました。
「これは、大荒れだ……」
こうなってしまっては、おそらく私が継春くんに見せたかったものは雪の下に隠れてしまっているでしょうし、そもそも外に出かけることさえも難しいことでしょう。
落ち込んでいる私を気にしてか、トラコさんが擦り寄って来てくれました。
幽霊なので触れることは出来ないのですが、その気持ちだけで嬉しいです。
トラコさんを挟んで、継春くんも窓の前に座りました。
手にはスケッチブックと鉛筆を持っています。
スケッチブックをぱらぱらとめくり、白紙のページを開くと鉛筆を動かし始めました。
窓の前にいますが、別にお庭の様子を描いているようではないみたいです。
継春くんも私に気を使ってくれているのでしょう。
本当に、嬉しいと思います。
だからこそ、継春くんに見せてあげたかったのですが……。
あぁ、これではダメですね。思考が最初に戻ってしまっています。
気持ちを切り替えましょう。
今回は継春くんに謝って、また別なものを探してみましょう。
その分、遅くなってはしまいますが……、そればっかりはしょうがありません。
そういう風に思考を持っていって、ようやく落ち着いてきました。
午前中はそのまま窓の前に座って、継春くんはスケッチを、私はその様子を眺めたり、お庭の様子を眺めたりして過ごしました。
午後になって風も雪も弱くなってきた頃にふいに継春くんがスケッチブックを閉じました。
スケッチブックを部屋に片付け、代わりにコートとマフラーと手袋と帽子を取り出しました。
「どこかへ行くんですか?」
私の問いに、継春くんはさも当然というように言いました。
「今日は冬子さんが案内してくれるって、約束したでしょ」
「え……」
咄嗟に私は窓の外を見ました。
朝から降り続いている雪のためにだいぶ積雪量は増えてしまっています。
「だめです……雪が積もってしまってもう見えないと思います」
「うん、でも、一応行ってみようよ」
継春くんがそこまで言うのなら、と私は案内することにしました。
行き先はお家から少し離れた公園。
春や夏にはよくお花を見に来ていた馴染みの場所です。
今はすっかり雪が積もってしまって辺り一面真っ白で、まったく人影もありません。
それでもまったく人が来ないというわけでもないみたいで、積もった雪の中に獣道のような細い通路が出来ています。
そこを私が先導して進んでいきます。
私は雪にも影響されないので別に道を通らなくてもいいのだけれど、継春くんを案内するにはそのほうが分かりやすいでしょうから。
公園の中ほどまで来て、獣道を外れました。
木立の中に入っていきます。
雪がない時にはそこにも細い遊歩道があるのですが、雪が積もってしまってからはそっち側には誰も行っていないようです。
誰かが通った跡はありません。
「足元、大丈夫ですか?」
後ろをついてくる継春くんの様子を窺いました。
継春くんは頷いて、積もった雪を蹴散らす様にして片足を上げて示しました。
丈の長い靴なので少しくらいの雪なら大丈夫みたいです。
良かったです。
場所を間違えないように周囲を確認しながら進みます。
木々が集まっているおかげなのか、木立ちの中は思ったよりも雪は積もっていないようでした。
それでも雪は地面を真っ白にしてしまっています。
木々の間を少し進んでから立ち止まりました。
「ここ?」
継春くんの問いに私は頷きました。
「昨日までは雪が融けていて……フクジュソウのつぼみが今にも咲きそうだったんです」
でも今は積もった雪の下です。
なるほどと一つ頷いてから継春くんはしゃがみこみました。
「この辺り?」
確認するように、改めて聞いてきました。
私が頷くと、継春くんはさくりと雪に手を入れました。
「継春くん!?」
私は驚いて声を上げてしまいました。
継春くんは毛糸の手袋をはめたまま、雪を掻き分けています。
私にはどうすることも出来ず、ただおろおろとその様子を見守ることしか出来ませんでした。
それほどの時間もかけず、継春くんは手を止めました。
「これ?」
彼が示したそこには、黄色い蕾がありました。
雪にまみれて凍えて縮こまっているようでしたが、たしかにそれは私が継春くんに見せたいと思っていたものでした。
長い冬もようやく終わり、春がやって来る。
その先駆けを、継春くんに見せたかったのです。
「もう少しで咲きそうなんですけど……」
でもこの後数日は寒い日が続くとの予報なので、咲くのはまだ先のことになりそうです。
「じゃあ、咲いた頃にまた見に来ようか」
私は目を瞬かせ、それからすぐに頷きました。