Chocolate Day Extra

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 差し出された小さな包みを見て継春はきょとんとした顔をした。
 その表情を見て、差し出してきた女子生徒が小さく吹き出して笑った。

「バレンタインだよ、継春くん」

 そうだっけ、と継春は瞬きながら間が抜けた返事をする。

「今日一日、みんなチョコのやり取りで騒がしかったじゃない、気が付かなかったの?」

 確かに言われてみれば、学校中がいつもより浮き足立っているような雰囲気だった。
 クラスの女子生徒たちが安い駄菓子のチョコをクラス中に配っていたりもしたし、男子生徒たちがチョコを幾つ貰ったなどと話していたりもした。
 けれどそれらのことは、継春の頭の上を通り抜けていっただけだった。

「継春くんらしいね」

 ばつが悪そうな継春に女子生徒はくすくす笑う。
 そして小さな可愛らしい包みを継春に改めて差し出した。

「これ、私からのバレンタインチョコ」

 おずおずと継春はそれを受け取った。

「一応それ、本命のつもり、だから」
「えっ!?」

 継春は驚いて女子生徒の顔を見た。
 何でもないというように笑っていたが、鞄を握っている手にはぎゅっと力が入り白くなっていた。
 告白をされるなんてことは初めてで、どうしていいかも分からなかった。
 それでも、考えるよりも前に、口は動いていた。

「――――」



 継春はイーゼルの前に座っていた。
 けれど座っているだけで、手は動いていない。
 目の前には描きかけのキャンバスが置かれているのに、彼はぼんやりと意識をどこか別の場所へと飛ばしているようだった。
 ほうと一つ溜息を吐く。
 彼の頭を占めているのは、つい先程のこと。
 授業もホームルームも終わって、この美術室へと向かう途中に呼び止められ、チョコを渡された。
 軽い口調で冗談めかしたように本命だからと渡されたそれを、継春は断ってしまった。
 驚くばかりで何も考えられなかったが、何故だか一つの顔が頭に過ぎり、気が付いたら謝罪の言葉が口をついていたのだ。
 浮かんだのは、家で共に暮らしている幽霊の少女の静かに微笑んでいる顔。
 そういう意味で――つまりは恋愛感情として、彼女のことが好きなのだろうかと継春は自分に問いかける。
 分からないと思う。
 自分にとって特別な存在になっていることは間違いない。
 今までは自分が描きたい物だけを描きたいように描いていたが、最近は彼女のために、彼女に絵を見せた時のことを考えながら描いている。
 けれど、それが恋愛感情なのかは彼には判断つかなかった。
 もしこの感情が恋愛感情なのだとしても、先がないことは明らかだ。
 彼女は死んでいる者で、彼は生きている者なのだから。
 継春は諦めたように辛うじて握ってはいた絵筆を手放した。
 イーゼルの前からも離れる。
 少し離れた位置に置いていた自分の鞄のところまで行く。
 鞄からスケッチブックを取り出した。
 その拍子に先程貰ってしまったチョコレートの小さな包みが転がり出てきた。
 告白には断ったものの、チョコはせっかくだから貰って欲しいと押し切られたのだった。
 スケッチブックを机の上に置いて、代わりに包みを手に取った。
 小さくて軽い、けれど重たい贈り物。
 継春はむっつりとした表情で赤いリボンを解き、可愛らしい模様の包装紙を無造作に破いてはがした。
 包装紙の下には小さな四角い箱。彼でも知っている有名なブランドのロゴが蓋に書かれている。
 開けるとチョコが四つ、綺麗に並んで入っていた。
 一粒だけ摘みあげ、口の中に放り込んだ。
 チョコは口の中でほろりと融けていく。
 甘い、と継春は思う。
 別段彼は甘い物が嫌いではないが、この貰ったチョコを美味しいとはあまり思えなかった。
 それでも残りの三個も口の中に放り込む。
 空になった箱と包装紙はゴミ箱に捨てた。
 物がなくなったとしても、なかったことになるわけではないのだけれど。
 継春は長く息を吐きながら、机に頭を預けた。