Chocolate Day

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 こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
 私は北の大きな都市の外れにある、小さなお家に居候させてもらっている幽霊です。
 新しい年が始まってから一月が過ぎ、ほんの少しだけ寒さが緩んできました。
 それでも北国の冬はまだまだ続いています。
 外の景色は相変わらず真っ白で、道行く人々は分厚い防寒着で全身を覆っています。
 それでも今月になってからだんだんと街中の雰囲気が明るく浮かれたようなものに変わってきました。
 取りも直さずバレンタインのためです。
 女性から男性へチョコと共に告白をする日。
 最近では友チョコなどという、友達同士でチョコを交換し合ったりすることもはやっているのだそうですが、やはりバレンタインといえば告白する日という印象は強いです。
 私にとっては生きていた頃も縁のなかったイベントですし、幽霊となった今はなおさら、関わり合いのない一日ではあるのですが。
 それでも街中が楽しい雰囲気だと私もなんとなく嬉しくなります。
 バレンタイン当日の今日、そんな街中の雰囲気を感じながら昼間はお散歩に行ってきました。
 夕方になりすっかり暗くなってから継春くんが学校から帰ってきました。
 私はいつものようにトラコさんと一緒に玄関でお出迎えします。

「おかえりなさい」

 継春くんは何故か私を見てほんの少しだけ口ごもりました。

「どうかしましたか?」

 尋ねてみても、困ったような顔で首を横に振っただけでした。

「ごめん、なんでもないよ……。ただいま」

 そうして私から視線を逸らしたまま、家の中へと上がっていってしまいました。
 学校で何かあったのでしょうか……。
 その後も継春くんはいつもと違う様子で、修也さんが帰ってきても心ここにあらずという感じでした。
 修也さんはそんな継春くんを見て、からかうような口調で言いました。

「女の子に本命チョコでも貰った?」
「え……っ」
「それとも、欲しかった子からは貰えなかったのかな?」
「……そういうアレじゃ……ない、です」

 継春くんは困った顔でもごもごと答えました。
 比べて修也さんは楽しそうです。

「そう? まぁ、そんなに気にすることもないんじゃないかな」
「……だから、違うって」
「気になる子がいるんならくれるのを待つんじゃなくて、こっちからあげてみたら?」

 その言葉に継春くんは目を瞬かせて修也さんを見ました。

「日本じゃ女の子からチョコで告白ってのが定番だけど、海外だと別にどっちからってのは決まってないし、あげるものもチョコだけに限ってるわけじゃないらしいよ」

 それは初めて知りました。
 継春くんも知らなかったのか、驚いているようでした。

「バレンタインにあえて男の子の方からってのは結構インパクトあるんじゃないかな。ま、今年はもうバレンタイン終わっちゃうから無理だけどさ」

 修也さんは笑いながらそう話を締めました。
 そのお話に何か思うところがあったのか、継春くんは自分のお部屋に戻ってからも何か考えているようでした。
 つい、いつもの癖でお部屋まで一緒についてきてしまいましたが、一人にしてあげた方がいいのかもしれません。
 幽霊といえども、継春くんにとっては見えているのですから、考え事をするには邪魔でしょう。
 私もどうしていいのか悩みつつ、それでもおやすみなさいと小さく挨拶してお部屋から出て行こうとしました。
 すると、継春くんははっと我に返ったように慌てて私を引き止めました。

「冬子さん……!」
「はい」

 名前を呼んでからその先が続きません。
 何か言おうと口を開いては閉じるのを繰り返しています。
 私は少し考えてから、ベッドの端に腰掛けました。

「ここにいますから、ゆっくりで大丈夫ですよ」

 そう言うと、安心したのか、継春くんは息を吐きました。

「冬子さん……」

 継春くんがまた私の名前を呼びました。
 考え事にけりがついたのか、いつもの継春くんに戻ったみたいです。

「冬子さん」
「はい」
「次の土曜日、久しぶりに映画、見に行こうか」

 その言葉に私は目を瞬かせます。

「……嫌、かな?」

 私は慌てて首を横に振りました。
 嫌だなんてことは決してありません。

「嬉しいです」

 そう笑って言うと、継春くんもよかったと言って笑いました。