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こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
私は北の大地の大きな都市のはずれにある、小さな家に居候させてもらっている幽霊です。
お家の主人は修也さんで、他に甥の継春くんとトラ猫のトラコさんが同居しています。
十一月の初旬に初雪が降ってから、日を追うごとに冬が街を覆ってきています。
だんだんと気温も下がってきて、道を行き交う人の口から白い煙がしきりとこぼれているのをよく見かけるようになりました。
まだ根雪にはなっておらず、夜の間に薄っすら積もっては昼間の太陽で溶けてしまうのを繰り返しています。
修也さんや継春くんも、外に出る時にマフラーや手袋をしていくようになりました。
ここの所、修也さんはお仕事が忙しいらしく、帰ってくるのが遅い日が続いています。土曜日や日曜日などのお休みの日に出かけていくことも度々です。
そのため最近では忙しい修也さんに代わって継春くんがご飯を作ったりしています。
あまり慣れていないようで、レシピの本などを見ながらおっかなびっくり作っています。
私もお手伝いできればよかったんですけど、幽霊ですから何もできません。
けれど、そもそも料理の経験がないので、お手伝いできたとしても足手まといでしたでしょうね。
食事の時、私はいつも邪魔にならないように部屋の隅っこにいるのですが、継春くんが一人で食事をする時は一緒にテーブルを囲むようになりました。
一人でただ食べるのは味気ないからどうせだから話し相手になって欲しいと、継春くんが言ってくれたからです。
話し相手とは言っても、継春くんはあまりおしゃべりする方ではないですし、それに食事中ですから、ほとんど私が勝手におしゃべりをしているだけなのですが。
私は継春くんのお向かいの椅子に座って、その日行った場所や見た物の話をします。
ほんの少し不揃いな料理を食べながら継春くんは耳を傾けてくれます。
「継春くんは今どんな絵を描いてるんですか?」
それも食事中の会話の一つでした。
継春くんはカレンダーを見ながら少し考えてから言いました。
「今度の土曜日、学校に見に来る? もうそろそろ描き上がるから」
その誘いに私は二つ返事で頷きました。
そして土曜日になりました。
夜中に降った雪で地面は白くなっていました。
継春くんは足が埋まらないよう、車の轍や前に歩いた人の足跡の上を上手く歩いていきます。
今日も昼間は晴れているそうなので、この雪もまた昼間の内にある程度溶けてしまうことでしょう。
学校の中は静かでした。私が学校に来れるのはお休みの日だけなので、人が沢山いる様子を見たことがありません。
そのせいか、私は学校の中に冷たい印象を持っています。
余所余所しいと感じてしまうのは私が部外者だからかもしれません。
人が沢山いる平日などにやって来れば印象は変わるでしょうか。
グラウンドでは運動部の生徒さんたちが変わらず活動しているようでした。
元気の良い掛け声が聞こえてきます。
美術室は窓に挟まれているため、外の音がよく聞こえるのです。
以前と同じように美術室の中を眺めながら待っていると、継春くんが一つのキャンバスを持ってきました。
前に見せてもらった物よりも小さなキャンバスでした。
「描き上がったんですか?」
「うん、ちょうど昨日」
しゃべりながら継春くんはキャンバスをイーゼルに立てかけます。
「まだ、ちゃんと乾いてないんだけどさ」
私はドキドキしながら覗き込み、目を見開きました。
それは、人物画でした。
三つ編みのおさげの女の子がぺたりと床に座っています。視線はこちらには向いておらず、足元に向けられています。
その足元には寝転がっている猫が一匹。
女の子はその猫に笑いかけながら顎の下を撫でています。
窓辺なのでしょう。柔らかな日差しに包まれています。
私は目を何度も瞬き、その絵を見詰めました。
何度見ても絵が変わることはありません。
「これは……この女の子は……」
「冬子さんのつもりだけど……描かれるの、嫌だった?」
私は勢い良く首を横に振りました。
嫌だなんてそんなことはありません。
驚きすぎて言葉が出てきません。
胸がぎゅっとして、嬉しくて、幸せで、いっぱいです。
この気持ちをどう伝えればいいのでしょう。どうしたら伝えられるでしょうか。
分からなくて、でも伝えたくて。
「――継春くん」
名前を呼びました。
「継春くん」
何度も。
「継春くん」
繰り返して。
初めは継春くんも少し戸惑った様子でしたが、私が喜んでいるのだと分かってくれたようです。
少しだけ、恥ずかしそうに笑いました。