The name of the feeling

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 こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
 私は北の大きな都市のはずれにある、小さな家に居候している幽霊です。
 お家の主人は修也さんで、他に甥の継春くんとトラ猫のトラコさんが同居しています。
 十月を回り、北の地方はもう秋の景色になりました。
 緑色をしていた木々の葉は赤や黄色にすっかりと変わっています。
 街を行く人の格好も、露出が極端に減って秋の装いになっています。
 日ごとに秋が深まり、冬が近付いてきています。
 そう、もうすぐ冬です。
 北の大地の秋は駆け足で去っていくもの。もう二、三週間もすれば初雪も降るでしょう。
 根雪になるのはまだでしょうが、冬はもう目の前です。
 冬はいつも憂鬱な季節でした。
 友達にも会えず、一人真っ白な街を歩いてはあてどもない思考に陥るだけの日々。
 遠い春を待ち望むだけの季節でした。
 けれど今年は違います。
 今年は継春くんがいます。
 今年は、一人じゃないんです。
 これまでも継春くんには色んな景色を見せてもらい、たくさんの楽しいことを経験させてもらいました。
 寂しかった冬も、継春くんと一緒なら、きっと楽しいはずです。
 初めて冬が待ち遠しく感じられます。
 そういう話をお友達の幽霊さんにしました。
 お休みの日は継春くんと出かけていますが、平日は前と同じように一人で出歩いています。
 この日は図書館横のバス停にいつもいる幽霊さんに会いに行ってきました。
 日傘を差して少し大きなトートバックを持った髪の短いお姉さんです。
 私のたわいないおしゃべりに付き合ってくれる優しい人です。
 お姉さんは私の話を聞き終えると、少し眉を下げながら言いました。

「トウコちゃん、勘違いしちゃだめよ」
「勘違い、ですか?」
「私たちは幽霊よ。生きている人たちとは違うの」

 私は幽霊で、継春くんは生きている、命ある人。
 そんなことは分かりきっていることなのに。忘れたことなんてないはずなのに。
 何故だか胸にずっしりと落ちました。

「貴女なら大丈夫だと思うけど……一応、ね」

 心配そうに窺ってくるお姉さんに慌てて頷きを返しました。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 継春くんとお話ししたり、でかけたりすることが楽しくて、嬉しくて、少し浮かれすぎていたかもしれません。
 そんな私のことをお姉さんは心配して言ってくれたのでしょう。
 浮かれすぎて、大事なことを忘れているのではと。
 私は幽霊で、継春くんは生きている人です。
 それは変えられないことです。
 本来ならその二つには大きな隔たりがあります。
 今、私と継春くんが交流できているのは、まるで奇跡みたいなことなのです。
 いつ消えてしまうとも分からない、貴重な時間です。
 いつまでも、と望むことはできません。
 家に帰ってもそのことをぼんやりと考えていました。
 あまりにも考え込みすぎて、辺りがすっかり暗くなっていることにも、隣で寝転んでいたトラコさんが何かに反応して居間から出て行ったことにも気が付いていませんでした。
 はっと我に返ったのは急に電気が点いて明るくなってから。

「あれ、いたんだ」

 学校から帰ってきた継春くんがドア近くの電気のスイッチに手を添えながら立っていました。その足元にトラコさんもいます。

「玄関にいなかったからまで出かけてるのかと思った」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて……気が付きませんでした」
「いいよ、別にわざわざ出迎えてくれなくても」
「でも……私がしたいんです」
「そっか……ただいま」
「おかえりなさい」

 私は幽霊で、継春くんは生きている人です。
 それでも継春くんが許してくれる限りは、一緒に過ごさせてもらえたらと思っています。
 いつか離れてしまっても、一緒に過ごした楽しい日々のことを思い出せば、きっと冬でも寂しくはないでしょうから。