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こんにちは、冬子です。冬の子供と書いてトウコと言います。
私は北の大地の大きな都市のはずれにある、小さな家に居候させてもらっている幽霊です。
七月も後半に入り、北国であるこの辺りもすっかり夏らしくなり、植物たちも緑を濃くして盛んに生い茂っています。
学校が夏休みになったからでしょう、昼間でも子供たちが元気に外で遊んでいる声があちらこちらで聞くことが出来ます。
先日、私が居候させてもらっているお家の住人である継春くんに学校に連れて行ってくれてから、一緒に出かけるようになりました。
お出かけとは言っても、継春くんは相変わらず絵を描くことに打ち込んでいるので、スケッチをしたり、美術館、博物館に行ったりするのに私が付いて行っているだけなのですが。
それでも、周りに人がいなければ継春くんは色々と話しかけてくれたりもします。
「そういえば、継春くんはどっか行ったりしないの?」
継春くんが夏休みに入って三日ほど経った夕食時に、お家のご主人で継春くんの叔父さんである修也さんが言いました。
ご飯を食べる必要にない私は、定位置のようになっている居間の大きな窓の前に座っていました。横にはお二人よりも先にご飯を食べ終わってしまった猫のトラコさんも寝転がっています。
「毎日出かけてますけど……」
「いやいや、スケッチとか美術館とか学校とかそういう……絵のこと? に関してじゃなくて、単純に遊びに行ったりしないのかなって思って」
「遊びに、ですか」
「一つのことに打ち込むのもいいけど、たまには息抜きも必要だよ」
「……考えたこともなかったです」
「真面目な継春くんらしいね。でもせっかく夏休みなんだし、少し遊びに行ってみても良いんじゃないかな。友達とか誘ってさ」
「友達と……」
「まぁ、無理にとは言わないけどね」
「はい、ありがとうございます。……考えてみます」
食事の後もしばらく継春くんは言われたことを考えているようでした。
次の日。
修也さんがお仕事に出かけて少し経った頃に継春くんが言いました。
「映画でも見に行く?」
言われて私は目を瞬きました。
「映画、ですか?」
「興味ないなら一人で行って来るけど……」
「いえ、行きたいです! ……でも、私で良いんですか?」
息抜きにということなのでしょうが、昨夜修也さんは『友達と』と言っていました。
それなのに私とで良いのでしょうか。
「一人だとちょっと寂しいし……それに一番気安いから」
継春くんは少しそっぽを向いて言いました。
照れている時に視線をそらすのが継春くんの癖なんです。
嬉しくて私はにっこりと笑いました。
地下鉄に乗って、街中の映画館まで来ました。大小いくつものスクリーンがある複合映画館です。
少し早めの時間帯だからか、他のお客さんはあまりいないようでした。駅から少し離れているせいもあるかもしれません。
映画館に入ってすぐのところに上映中の映画のタイトルの一覧やポスターがはってありました。
その前に継春くんは立ち止まって眺めています。
「どれを見るんですか?」
「どれにしよっか」
聞いてみたら、そんな答えが返ってきました。
何の映画を見るか決めずに来たようです。
その横に立って私も眺めてみます。
夏休みということもあり、色んな映画が上映されています。
「あ……」
タイトルの一覧を見ていた私は小さく声を上げました。
「どうしたの?」
「あ、いえ……古い映画もやってるんだなって思って……」
新作映画のタイトルの中に混じって古い映画のタイトルが一つだけありました。
継春くんもそれを見て、あぁと納得したように頷きました。
それからもう少しだけ考えて、継春くんは券を買いに行きました。
「どれを見るんですか?」
もう一度聞くと、継春くんは一つだけあった古い映画のタイトルを口にしました。
私は瞬きます。
「良いんですか……?」
「ん、見たことないから」
構わないと言いました。
その映画は一番小さなスクリーンで上映されるようでした。
スクリーンのある部屋の中に入ってもやはりお客さんはほとんどいませんでした。もしかしたらまだ少し上映まで時間があるからかもしれませんが。
継春くんはまだ明るい部屋の中を進んでいきます。ちょうど真ん中辺りの座席の前で立ち止まりました。カウンターで貰ったチケットと座席の番号を確認してから腰を下ろしました。
後ろに付いてきた私は、そこでどうしようかと思いました。
隣に座ったらいいのでしょうか。
でもイスの座面は折りたたまれています。人が座ったり、物を置いたりした重みで固定するタイプのものなので、私が座っても固定できません。
いえ、幽霊なのですからそんなこと気にしなければいいのかもしれないのですが、継春くんが座っているのに私だけ立ったままなのは少し居心地が悪い感じでした。
私が座席を前にまごついていると、それに気が付いた継春くんはイスの座面を降ろしてその上にカバンを置いてくれました。
カバンにあまり重さがないために少し傾いていますが、私が座る分には十分です。
「ありがとうございます」
「……あんまり客もいないみたいだから、二つ使っても良いかなって」
もう一度お礼を言ってカバンの前に腰掛けました。
しばらくすると明かりが消えて部屋の中が暗くなりました。代わりにスクリーンに映像が映し出されます。
CMが終わり、映画の本編が始まる時間になってもやっぱりお客さんはほとんどいないようでした。
ちらりと隣を見ると、継春くんが真剣な顔でスクリーンに見入っています。
なんとなく胸が温かくなって自然と頬が緩みました。
「……なに?」
「あ、いえ、なんでもないです」
視線に気付いた継春くんに小さな声で聞かれて、私は慌ててスクリーンのほうに向き直りました。
初めて見た映画は、とても楽しかったです。