新年の景色2

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 女はほうっと息を吐いた。
 冷たい空気の中に暖かな呼気が白く浮かぶ。
 風はあまり強くなく、雪もちらついていない。
 見上げれば遮る物の何一つない星空が広がっている。そこから視線を下へと転じれば、遠い夜暗の中にぽつりぽつりと灯が浮かんでいる。
 もう一度白い息を吐き、彼女は手すりに寄りかかった。雪が積もり、凍り付いているのも気にすることなく、裸の手を置く。
 すぐ下の城内では華やかな新年の宴が執り行われているだろうが、その喧騒もこの宮までは届かない。街にもそんな浮かれた雰囲気はないだろう。そして当然、ここからは目も届かない国境ならばなおさら。
 凍える風に身を晒しながら、彼女は遠い地へ思いをはせる。
 未だ戦火の耐えぬ地を。そしてそこを縦横無尽に駆けているであろう一人の男を。

「フィア・フィム、姫様の準備が整いました」

 声をかけられて彼女は意識を、この山の上の閉ざされた御殿へと戻した。
 振り返ると三人の少女が露台の戸口に立っている。内二人は、彼女が着ている衣服とそう大差のない格好をしていたが、残る一人は豪奢な装いをしていた。たっぷりと布を使い、いたるところに銀糸や金糸で刺繍を施した装束に、頭には大きく煌びやかな冠。そして顔を口元まで隠す紗には小さな硝子玉が縫い付けられている。
 女は手すりを離れると、一人格好の違う少女の前に立った。上から下まで確認して、彼女は言う。

「シウ・タイイ、笑いなさい」

 少女の首がわずかに傾くのに合わせて冠の装飾がシャリと揺れる。

「口の端を上げて、笑みを作るんです」
「はい」

 言われた通りに少女は口角を動かす。紅を引いた幼い小さな唇が弧を描き、笑みになる。
 それを見て、彼女は頷いた。

「姫様は民の光です。光が曇ってはなりません。笑みを崩さず、姫様らしくありなさい」
「はい」

 次に残る二人を見た。色のない二対の瞳が彼女を見上げてくる。

「お前達はしっかりと段取りを覚えておくのですよ」
「はい」
「はい、フィア・フィム」

 素直な返事に彼女は再び頷く。

「では行きましょう」

 三人を中へと促した。
 女は最後にもう一度夜に沈む街を見た。

――例え、最早求められていない光であったとしても、勝手に消すことは許されていないのだ。