新年の景色1

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 傾けられた瓶の口から赤紫色の液体が流れ出る。液体は宙を落下し、瓶の下に据えられた杯の中へと飛び込んで行く。けれど杯が半分も満たされない内に流れは止まる。瓶を軽く振ると、雫が落ちるも、先程までのように流れ出ることはない。
 瓶の傾きは正され、卓の上に置かれた。

「なぁ、酒ってまだ……」
「駄目ですよ」

 男が全て言い終える前に少女が強く言い切った。

「何だよ。もう二、三本くらい良いじゃねぇか、新年なんだしよう」
「新年じゃなくっても同じくらい飲んでるでしょうが。飲みすぎは身体に毒!」
「べっつに酔うわけでもないんだ、好きに飲んだって良いだろう?」
「酔わなかろうが駄目なものは駄目です」

 恨みがましい紅い視線と、きつく尖った榛色の視線がぶつかり合う。
 どのくらい経ったか、先に折れたのは少女のほうだった。大きな溜息と共に言う。

「しょうがないですね……右の戸棚の一番下の段に入ってるのは飲んでも良いですよ」
「やっりぃ!」

 だらしなく布張りの長椅子に座っていた男は飛び上がるように立ち上がった。

「でも! 今日はもうこれでお終いですからね!」
「分かってるって」

 釘を刺してくる少女に軽く応えながら、彼は戸を開ける。そして中にあった瓶に手を伸ばし――けれど、掴む寸前でその手を止めた。
 喜色の浮かんでいた彼の顔が一気にしかめられる。
 指先が数瞬迷うように空をかき、それでも瓶を掴んで取り出す。栓を抜き、鼻先を瓶に近づける。眉間に深い皺が寄る。それでもまだ半信半疑というような体で、瓶に直接口を付けて一飲みしてようやく、少女のほうを振り返った。
 男の顔は渋いままであったが、反対に彼女はにこりと笑っていた。してやったりというような顔だ。
 恨みがましい調子で彼は言う。

「お前……これの中身、酒とただの果汁と入れ替えただろう……」
「なんのこと? 私、そこに入ってるのが酒だなんて一言も言ってないわよ」

 確かにそうだ。彼女は一言たりとも『酒を飲んでも良い』とは言っていない。

「わぁーったよ。今日はもう止めといてやる」

 男は大きく息を吐いて、ようやく諦めたように肩を落とした。