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青と白の対比はだいたい三対七。曇ってはいるが、太陽が隠れている分、過ごしやすいとも言える。
いや、今の時期ならばそうでもないのか。よくわからないが。
もう一度時間を確認する。
まだ二十五分にはなっていない。
家から学校までは二駅分。歩けない距離ではない。それに、以前気まぐれに歩いて帰ってきた時は一時間足らずで着いたはずだ。
ならば――と地下鉄の駅に向かいかけていた足の向きを変えた。
前に自転車を壊して以来ずっと地下鉄で通っていたが、たまに歩いてみるのも良い。決して悪いということはないはずだ。きっと。
多少ゆっくり行っても構わないだろう。時間には余裕があるし、遅刻したところで怒られることもない。
私はゆっくりと周りを見ながら学校への道をたどった。
道すがら、色々なことに気付いた。
庭先や道端の植物の鮮やかさ。いつの間にか空き地がなくなっていたこと。新しくおしゃれなお店ができていたこと。
そうしてみると、私がそれまでいかにせかせかと、周りにも目が行かないほど、急いで生きてきたかがわかった。
窓から外を見ている小型犬。表札に書かれた珍しい苗字。少し奥まった所にある小さな古本屋。空を飛ぶ鳥。
すべてが新鮮に思えた。
しかし少しゆっくり歩き過ぎたのか、学校に着いたら八時二十五分――生徒玄関の施錠の時間が過ぎていた。
つまりは、遅刻したということになる。
こうなると正面玄関から入らなくてはいけない。おまけにこの時間ならば、遅刻してきた生徒をチェックするために先生が立っている。
怒られるわけではないが、なんとなく気が滅入る。
家を出た時にはどうってことないと思っていたが、いざ遅刻してみると嫌なものだ。
正面玄関の前に遅刻した生徒が並び、一人一人、生徒手帳に遅刻の判子を押されて中に入っていく。
どうにかならないものかと考えながら周囲を見回していると、一ヵ所だけ開いている窓が目に入った。
あそこは一階の角の空き教室で、玄関の中にいる先生たちからは死角になっていて見えないはずだ。
先生たちをちらりと見る。遅刻の常連者に注意をしている。
誰も私を見ていない。
そおっとその窓に近寄ってみた。どうやら中にも人はいないようだ。
誰が開けたのかわからないが、とりあえず窓を開けておいてくれた人に感謝した。
正面玄関の方を振り返り、一応誰も見ていないことを確認してから窓をよじ登る。あまり背が高くない私には窓の位置は少しばかり高かったが、なんとか教室に侵入できた。
おまけに、証拠隠滅とばかりに窓はちゃんと閉めておく。
一息吐いて時計を見ると八時四十分だった。
この時間ならば朝のホームルームは終わってしまっただろう。
初めは体育だったな、と思い返し、面倒くさいな、とも思った。
とりあえず誰もいない空き教室を後に、上靴を取りに玄関まで戻る。靴下が汚れるのが嫌なのでもちろん土足のままで。足元を見る人なんてめったにいないから気付かれることもない。
途中、体育館に向かうクラスメイトに会ったが、当然何も言われなかった。挨拶も靴のことも。
慣れたとはいえ、少しだけ寂しい。
そんなことを思っても仕様がないので、上靴に履き替えて階段を上った。
教室に行っても意味はなく、体育館にも行く気はない。そうなると私の行く場所は一つしかない。
騒がしい廊下を通り抜け、私は図書室の前で足を止めた。
この時間、まだ図書室は開いていない。でも、その隣の司書室は開いている。
ドアの窓から司書室の中を覗きこむと、司書さんが忙しそうに電話しているところだった。
音を立てないようにドアを開け、静かに後ろを通る。声はかけないがとりあえず会釈だけはしておく。机の上や床に置かれているダンボールの中の新しい本を気にしながら、気付かれないうちに図書室へ抜けるドアをくぐる。
ドアを静かに閉め、一つ息を吐いた。
何となく、見咎められなかったことに安心する。
その時タイミングよくチャイムが鳴り、ひどく驚いた。
時計を見れば、もう八時四十五分だった。
授業の始まる時間だ。
「今日の一、二時間目の授業は現国です。読書の時間です。皆が体育館で汗を流している間に、読みかけの本を読み終えてしまいましょう」
勝手にそんな授業目標を立てながら一番奥の隅の席に座り、カバンの中から文庫本を取り出した。
見れば見るほど分厚い文庫本だと思う。測ってみたことはないが、五センチぐらいは優にありそうである。
パラパラとしおりの位置を探す。今だ半分には到達していない。大体四分の一、といった所か。
時間内に読み終わるのは無理だろう。せめて半分ぐらいは読もうと、早々に目標を訂正する。
授業時間は五十分。間の休み時間は十分。計一時間五十分。
私は、文字を追うことだけに集中した。