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襖や雨戸を隙間なく閉め切った暗い部屋の中。日の光は一筋も入ってはこない。
時を告げるのは外から聞こえる音のみ。雀の鳴声が朝を知らせ、人の話し声が昼を知らせ、風の音が夜を知らせる。
何もせず、何もできず、私はただこの暗闇の部屋の中でぼんやりと横になって過ごす。
慣れてしまえば一切の光がなくとも視界は利くものなのだと知った。
だから闇の中にいても不便さはない。
もともと闇を身近にしていたせいもあるのだろう。戸惑いや恐怖さえも感じることはない。
私は物心ついてから――きっとその前からも――ずっと闇の者をこの目に映してきた。
初めはそれが他人には見えないのだとわかっていなかった。
それどころか、私はそれと人間――生きている者たちとの区別さえついていなかった。
成長するにつれて、それが他人には見えていないこと、それが人間とは違う異形の者たちなのだと、ようやく理解した。
そうして次第に自然とそんな者たちとの接しかたもわかるようになっていった。
彼らはいつも闇の中に佇んでいる。日の届かぬ部屋の隅や、倉の中、建物の陰、ごくまれにではあるが人の影の中にもいることがある。
そして皆一様に何かを望んでいる。無口な彼らの望みを知ることは難しいが、それでも、その視線や表情などから窺い知れるときもある。
そんな時は多少なりとも、私のできる範囲で叶えてあげた。
そうすれば彼らは満足して消えていく。
そうやって闇を身近に暮らしていた。
「お姉ちゃん……」
襖の向こうから躊躇いがちな声がかかる。
こんな風になった私に声をかけてくれるのはもうこの弟だけだった。
「なぁに?」
「ご飯……いる?」
「いらないわ」
「……そう……」
動かないせいか、食もどんどんと細くなっていき、今ではもうほとんど食べていない。それでも不思議と身体がやせ細るということがないようだ。鏡を見ていないので何とも言えないが、触ったり、見たりした限りでは倒れる前と体つきは変わっていないように感じられる。
「じゃあ……何か、欲しい物ある?」
「そうね……」
けれど、私はあの時――倒れてからずいぶんと変わってしまったようだ。中身が。
光に苦痛を感じ、食べ物も必要とせず、まるで生き物ではないように。まるで――闇に生きる者たちのように。
「外に出たいわ」
闇の中だけで生きることに恐怖はない。けれど、もう二度と光を見ることが叶わないと思うと、恋しく思う。
「それは、だめだよ……」
「それじゃあ、いつになったら、あとどれだけしたら外に出られるの?」
これは癇癪ではない。八つ当たりではない。純粋な疑問。
何故なら弟は――彼は、知っているはずだから。
「教えて」
「…………十日後――新月の晩に」
長い沈黙の後の感情の見えない声に、私は静かに息を吐いた。
十日後にどうなるのかはわからないが、この部屋だけで過ごすようになってから、私には一つの予感があった。ぼんやりとした、薄曇のような予感。
それは日を追って次第次第に濃くはっきりとしていった。
私が私ではなくなるような。もう二度と後戻りができないような。
そんな予感。
そしてそれと共に、私は気付いた。
弟が弟ではないことに。
私は弟が――彼がいつから側にいたのかはっきりと思い出せない。彼は常に私の側にいて、いつも私を心配してくれた。困っていると助けてくれた。嬉しい時は一緒に笑ってくれて、悲しい時は黙って側にいてくれた。
彼は多分、闇の者なのだと思う。
何故日の光の下にいても平気なのか、何故私の側にいるのか、私にはわからないけれど。
それでも、私は彼に助けられてきた。彼に、守られてきた。
こんな風になってしまったものの、私が倒れた時も助けてくれたのは彼だった。
熱にうなされながら、彼がずっと手を握ってくれていたことを覚えている。
だから私は何も不安には思っていない。
彼がいれば大丈夫。彼がいるなら何も恐れることはない。
ただ、新月の晩を待てばいい――