裏切り

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『取引をしないか? 神と人間の子供よ』

 深い闇の中で囁かれた言葉。



 満身創痍の身体になりながらも、セイルは挫けずに突き進んだ。瞳の輝きを失わず、ただ、魔王を倒すのだという気力のみで、剣を振るった。己の信念を貫き通す強い光を瞳に灯して。
 けれど今、その瞳は大きく見開かれている。顔には驚愕の表情。

「……なぜ……」

 ようやく見えた魔王。
 けれども、魔王を守るようにセイルの前に立ちはだかったのは、無二の親友――クロス。旅を共にし、幾多の試練を乗り越えてきた仲間。
 渾身の力で魔王に切りかかったセイルの剣を、クロスは杖で弾き飛ばした。

「何故だクロスっ!」

 セイルの悲痛な叫びにもクロスは表情を変えない。何を考えているのかわからない、微笑みを浮かべて。
 クロスもここに辿り着くまでに傷を負っているが、セイルに比べれば軽い物。
 今のセイルにクロスと魔王の二人を相手に闘う力は残されていない。
 例え力が残っていたとしても、セイルは真っ直ぐな性根の持ち主。親友を倒すことなどできない。

「……なぜっ!」
「僕……」

 セイルはもう剣を持っていない。けれどもクロスは杖を構えたままである。

「負ける勝負はしたくないんだ」

 微笑みのまま、クロスは言う。
 セイルは悲しみと絶望に口を戦慄かせる。

「裏切ると、言うのか……っ!」

 それには応えず、クロスは杖を掲げる。

「光よ……」

 クロスが囁くようにそう言うと、セイルの周りを光が取り囲み始めた。

「クロスっ! 神に仕えるお前が……っ、神の血を引くお前が魔王の味方をすると言うのかっ!」

 セイルはクロスに掴みかかった。

「クロスっ!」

 けれどもそれは遅く、光が弾けると共にセイルの姿は掻き消えていった。

「ごめんね」

 クロスは微笑を顔に貼り付けたまま、呟いた。