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 朝起きると犬の耳が生えていた。もちろん尻尾も。

「またかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 俺は鏡を見て叫んだ。
 近所迷惑だなんて責めないで欲しい。俺だってまさかまたこうなるなんて思ってもみなかったのだから。
 そう…『また』なんだ…。
 思い返せば約一ヶ月前のこと、朝起きたら何故か猫の耳と尻尾が生えていたことがあった。次の日にはなくなっていたんだけど…。
 そして今、俺の頭の上には犬の耳が。猫と犬という違いはあれど、まさしくあの日の再来だ。
 あの日のことを思い出し俺は顔が青ざめた。
 再びあの最高に辛い一日を経験しなければならないのか!! 今でも夢に見てうなされると言うのに!!
 俺が頭を抱えていると、母親が覗きに来た。

「何騒いでんの?」

 隠す間もなく母親の目に耳と尻尾が捉えられてしまった。

「あ、あのさぁ…!」

 嫌な予感がして俺は口を開いたのだが、言葉が続かない。
 ど、どうしたら…このままではきっと…!
 予想通り、母親は少しだけ目を見はると、

「まあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあ」

 とか言いながらさっとすばやく尻尾を通すための穴を作ってくれた…。

「あ、あのさぁ今日学校休みたいんだけど…」

 もう何を言っても無理だとわかってはいたが、もしかしたら…という希望をこめて言ってみたのだが…。

「何言ってんのよ。どこも悪くないんでしょ。ぐだぐだ言ってないでさっさとご飯食べちゃいなさい!」

 あぁぁぁぁ…やっぱりぃ…。
 泣きそうになりながら制服に着替えて食卓についた。
 父親は犬耳と尻尾を見てやはり一言。

「流行りか」

 俺は泣きたくなりながら深くため息を吐いた。



 以前とは比べ物にならないぐらいの憂鬱な気分で、それでも前回の教訓を生かしてあまり人目につかないようにとぎりぎりの時間に登校した。
 まぁ、それでも前回のような騒ぎにはならないだろうと、色んなとこからばしばし視線を送られながら考えていた。
 何せ今回は犬だ。猫好きな先生と水倉先輩は寄ってこないだろう。…たぶん。
 そんなわけで遠巻きに見られながら教室の自分のイスに座った。
 すると、勢いよくドアを開けて水倉先輩が駆け込んできた。何故か涙目で。
 うぅ…嫌な予感……。
 俺を見た途端に先輩の顔は落胆というか絶望というか、そんな感じに歪んだ。それでも美人なのには変わりなく、クラスの男子たちが見とれているのがわかった。
 だけど俺には見とれている余裕はなく、先輩が何を言うのかと半ば逃げ腰になりながら見守った。

「私…信じてたのに……っ!!」

 とかなんとか泣きながら先輩はやって来た時と同じように駆けていった。
 な、なんだったんだろう…。とりあえず前回のようにならずにすんでよかったけど……。あぁ…親衛隊にぼこられるな…。
 実際男子からはさっきよりも鋭い視線が送られてきている。
 俺は身を縮めて居心地の悪さを感じながらじっと座っていた。
 すぐにホームルームが始まるチャイムが鳴り、担任の佐竹先生が入ってきた。
 入ってきた瞬間に目が合った。何か言われるかと思ったが、先生は何も言わずに興味なさげに顔をそらしただけだった。
 舌打ちをしたのは気のせいだろう。…たぶん。

「ホームルーム始めるぞー」

 先生は何事もないようにいつものようにやる気なさげにホームルームを始めた。



 どうしてこんなことになったんだろう…。
 俺は隠れられそうな場所を探して廊下を走しりながら思った。
 二時間目が終わるまでは心配していたような事は起こらず、平和な時間を堪能していたのに…。あれが嵐の前の静けさだったなんて…。
 二時間目が終わった後の休み時間、再びすごい勢いでドアを開けながら水倉先輩が現れたのだ。
 その時点で俺はものすごく嫌な予感がして逃げ出そうとしたんだけれど、その前にがっちりと先輩に両手を掴まれてしまった。
 そして先輩は頬を薄紅色に染めながら言ったのだ。

「ごめんなさい私が間違っていたわっ! 犬だって、かわいいわよね!!」

 にっこりと笑う先輩にクラスの男子たちは息を呑んだが、俺は青ざめた。
 そりゃあ、あんな美人な先輩ににっこり微笑まれて嬉しくないわけないけど、だからって全身撫でまわされるのは嫌だ!
 そう思って掴まれてる手を振り解こうとしたのだが…、がっちりと掴まれ振りほどくことができず、結局そのままチャイムがなるまで撫でぐりまわされた。
 女の子の手も振り解けないなんて、男としてどうなんだろう…。
 そんなわけで俺は四時間目が終わった瞬間、弁当を持って教室を飛び出した。
 ちなみに三時間目の後の休み時間は教室を出た瞬間に捕まって時間いっぱい撫で繰り回された…。
 とりあえず五・六時間目は体育だから何とかなると思う。だからこの昼休を乗り切れば一日は終わったも同然だ。
 人があまり来なくて見つかり難い所はどこだろう。
 図書室は…前回司書さんに追い出されたからだめだ…。屋上…は鍵がないから無理。音楽室は合唱部が練習してるし…。
 と、保健室が目に入った。
 今朝ご飯を食べながら見るともなしに見ていたテレビの占いで、今日の乙女座のラッキーポイントは病院だとか言っていたはず。保健室も病院も似たようなものだから、ここは保健室に賭けよう!
 そう考えて俺は一応素早く辺りを見回して水倉先輩がいないのを確認してから保健室に入った。

「すいません! ちょっとかくまって下さいっ!!」

 保健の新井山 梨恵先生は厳しくて有名だけれど、悩み事を親身になって聞いてくれるから密かに人気があるらしい。
 俺は今まで一度も保健室を利用したことがないから知らないけど。
 新井山先生は保健室に駆け込んできた俺を見て固まってしまった。

「あ、あの…?」

 声をかけたら我に返ったみたいで、二つ返事で了承してくれた。
 だけど…今の反応って何だったんだろう……。
 誰かが入ってきても大丈夫なように、ベッドを仕切ってるカーテンの影にイスを置かせてもらってそこで弁当を食べはじめた。
 ……んだけど。食べてる間中、何故か新井山先生はずーーーーーーーーーっと俺を見てるんですけど! それも不機嫌そうな表情でっ!!
 や、やっぱり迷惑だったのかな…?
 そんなことを考えながら先生のほうをちらちら気にしていると、新井山先生が突然立ち上がった。

「もうっ我慢ならんっ!!!!!!」

 そう言うと近寄って来たかと思うと、がばりと抱きしめてきた。
 ……………………………………………………。
 ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!
 あっ、弁当箱が落ちたっ! ちょうど食べ終わったところでよかったぁ…ってそんなこと考えてる場合じゃないぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!
 も、もしかして先生………。

「犬…わんこ…」

 そんなことをうっとり呟きながら先生は耳やら尻尾やら頭やら撫でまくる撫でまくる……。
 うわあぁぁぁん! やぁっぱりいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!
 なんとか無理やり先生の腕から逃れることができて俺は保健室を飛び出した。んだけど…。

「みーつけたv」

 そこには水倉先輩が……。
 後ろには新井山先生…、前には水倉先輩…。
 俺は深く深く溜息を吐いた。

終わり