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 コルスの家からの帰り道。
 とてとてと歩きながらテトは考えていた。
 とてとてと歩きながらラトも考えていた。
 コルスは少しだけ考えてから、皆と元気に暮らせるようにと言った。けれど、そう言った彼の笑顔は、ほんの少しだけ元気がなかった。
 だから二人は考えていた。大好きな青年にはいつも笑っていて欲しかったから。

「どうしよう」
「どうしようか」
「どうしたら笑ってくれるかな」
「どうしたら元気になってくれるかな」
「どうしようか」
「どうしよう」

 しばらく二人は歩きながら考えていたが、突然ぴたりと同時に足を止め、顔を見合わせた。二対の瞳は互いにきらきらと輝いている。

「お星さま」
「お星さまがいいね」
「おねがい叶えてくれるお星さま」
「きらきらでぴかぴかのお星さま」

 二人はにっこりと笑うと、一気に走り出した。短い手足をいっぱいに動かして、一目散に駆けて行く。
 二人が目指すは村はずれの小さな祠。祠といっても不思議な模様の彫られた大きな岩と、かろうじて物を供える小さな石の台があるだけである。村人のほとんどがその由来を知らず、わずかに歳経た老婆が嘘か真かわからない言い伝えを覚えているのみ。いわく、神さまが使わしてくださった御使いがあそこに降り立ったのだとか。
 テトとラトは老婆から以前その言い伝えを聞いたことがあった。
 けれど二人が覚えているのはあそこが普通とは違う場所なんだと言うことだけ。だから、二人はあの祠に星があるのではないかと考えたのだった。
 祠が見えたところで、テトとラトは足を止めた。
 いつもは誰もいない大きな岩の前に人が立っていたのだ。
 双子は顔を見合わせる。

「だれかな」
「だれだろう」

 老人のような白い髪の、けれどその面差しは若い青年の、なんだか不思議な人物だった。

「知らない人だ」
「知らない人だね」
「もしかしてけんじゃさま?」
「けんじゃさまかな?」

 『けんじゃさま』とは、絵本で主人公の少女に星の在り処を教えてくれる賢者のことだ。
 たしかに絵本に描かれていた賢者と、あの青年は格好が少しだけ似てた。
 そうは言うものの、まとっている外套の形や色が似ているというだけで、青年の様相は一般的な旅人のものだった。
 けれど双子にはその青年がたしかに賢者に見えたのである。
 二人は目を輝かせて白髪の青年の下へと駆け出した。
 青年が双子に気付いて声をかけてくる。

「あ、君たちは村の子かな?」
「こんにちは、けんじゃさま!」
「こんにちは、けんじゃさま!」
「へ?」

 突然に『けんじゃさま』と呼ばれて青年は目を丸くした。突然そんなことを言われて驚かない者もいないだろう。
 けれど二人はそんな青年の様子などまったく気にせずに言いつのる。

「けんじゃさま、お星さまちょうだい!」
「おねがい叶えてくれるお星さまちょうだい!」
「きらきらのお星さまちょうだい!」
「ぴかぴかのお星さまちょうだい!」
「え」

 賢者と呼ばれたかと思えば、今度は星が欲しいと言われ、青年は大いに戸惑った。戸惑うなというほうが間違いである。
 双子はなおも口々に言う。

「お星さま!」
「お星さま!」
「ちょうだい!」
「ちょうだい!」
「ちょ、ちょっと待った!」

 何度もお星さまが欲しいと繰り返す双子を青年はどうにか落ち着かせ、詳しい話を聞きだすことにした。

「……つまり、そのお兄ちゃんのために願いを叶えてくれる星が欲しいと」
「そう!」
「そうなの!」

 要領を得ない双子の話に根気よく付き合い、何度も話が脱線しそうになりながらも、どうにか青年は事情を把握した。
 双子はきらきらとした瞳で、青年を――『けんじゃさま』を見上げている。
 その眼差しに、青年は苦笑をこぼす。

「さて、どうしたものか……」

 いくら二人に『けんじゃさま』と言われようとも青年は賢者ではなくただの旅人で、もちろん願いを叶えることの出来る星なんて持ってやいない。そんなものはないと言ってしまうことは簡単だが、この子どもたちの輝いている顔を曇らせてしまうのもいささか忍びなかった。
 青年は少しばかり考えて、荷物の中からあるものを取り出した。



 コルスは寝台の横の机に灯台に蝋燭を置くと、太陽の残光を眺めながら厚手の窓掛けを締めた。
 本棚から一冊だけ本を取り出して、寝台に腰掛ける。布団の中に身体を滑り込ませようとしていると、元気な物音が近付いてくるのが聞こえてきた。
 コルスはその音の主たちを察し、次いでおやっと思う。こんな時間にやって来るのは珍しいことだった。

「コル兄ちゃんこんばんは!」
「コル兄ちゃんこんばんは!」

 予想と違わず、弟のように思っている少年二人が元気に部屋へと駆け込んできた。
 いつも以上に元気で上機嫌な双子に、コルスは首を傾げる。

「テトにラト、今晩は。にこにこして、どうしたの?」
「あの、あのね、兄ちゃんにね」
「コル兄ちゃんにね」
「おくりもの!」
「おくりものなの!」
「贈り物?」
「そう! いいもの!」
「とってもいいもの!」
「いいものかぁ、なんだろう」
「えっとね、火をけすの」
「まっくらにするの」

 双子の言うとても良い贈り物が何かはわからないが、コルスは言われた通りにロウソクの火を消した。
 部屋の中は真っ暗になり、そして――

「うっわぁ……!」

 コルスは感嘆の声を上げた。
 暗い部屋の中に、無数の小さな光の点が、星空が広がっている。
 その光の出所は双子の片割れの持つ小さな石ころ。

「あのね、けんじゃさまからおねがい叶えてくれるお星さまはもらえなかったの」
「でもね、けんじゃさまからお星さまのかけらはもらえたの!」
「だから兄ちゃんにあげるの!」
「コル兄ちゃんにあげるの!」

 コルスは部屋に広がる星々を見渡して、そして小さな石を差し出している双子を見た。
 双子は星と同じくらいにきらめいた瞳で見つめている。

「素敵な贈り物をありがとう」

 コルスは優しい微笑でその不思議な石ころを受け取った。

終わり