微笑み

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 少女と男は道を歩いていた。村の外れにある少女の家へと戻る道だ。
 少女が一歩前を歩き、その後ろを男がうな垂れた様子でついて行く。

「本当に……なんというか……ごめん」

 何度目かになる謝罪を男は口にする。

「そうだよね、女の子の一人暮らしの家に上がりこんで、なおかつ泊めてもらうなんて……本当ありえないよね……」
「彼女の言ったことは気にしなくていいですよ」
「そんな、だめだよ! だって……結婚って、女の子にとって大事なことじゃないか。それが僕のせいで駄目になっちゃったら……君のお母さんに合わす顔がないよ。どう責任取ったらいいのか……」
「結婚の話は軽い冗談みたいなものですから、そう深刻にならないでください。……でも」

 少女は振り返って、悪戯な笑みを浮かべる。

「責任、取ってくれるんですか?」
「え?」

 一瞬、きょとんとした男だったが、すぐにその言葉の意味を察してうろたえる。

「あ、いや、その、そういう意味じゃなくて……」

 少女は男のほうを向いたまま歩きながら、楽しそうに笑う。

「責任取ってくれても良いですよ」

 からかうような彼女の言葉に、男は眉を下げてひどく困った顔をした。
 それを見て少女は更に笑みを深くする。

「……こんなおじさんをからかわないでよ」
「おじさんって言っても三十代でしょう? そんなに歳じゃないですよ」
「いや、もう、僕のことはいいから……。ほら、後ろを向いたまま歩いてると危ないよ」

 男の言葉に少女は軽く肩をすくめ、けれど笑みは収めずに再び前を向いて男の一歩先を歩いていく。

「でも、本当に気にしないでいいですよ。私、彼女に嫌われてるんです」
「そう……」

 当事者にそう言われては、男も口を閉じるより他になかった。
 しばらく二人は言葉を交わすことなく進んだ。
 低い空を上る太陽は中天へと近付いていた。朝の冷えた空気も陽射しに暖められ、夏のかすかな名残を思わせる。
 家の目の前まで来て男は足を止め、躊躇いがちに口を開いた。

「君は……」

 少女も足を止めて振り返った。
 空からの冷たい風が枝から落ちた葉を運び、二人の髪をもてあそんでいく。

「フィオレは、ずっとここで暮らしていくのかい?」
「さぁ、どうでしょう」
「もし……もし、君が望むなら……」

 男は続ける。

「僕と一緒に来ないかい?」



「それで」

 雑貨屋の店主は飲みかけの珈琲を帳場に置きながら言う。

「まんまと上手く騙して金の持ってる後見人を捕まえたわけだ」
「あら、騙してなんかいないわ」

 心外そうに少女は眉をあげる。

「向こうが勝手に勘違いしただけよ」
「その勘違いを訂正しようとしなかったのは誰だろうねぇ」
「それに関しては同罪でしょう? あの人が――エレナがわたしの実の母ではないことを教えなかったじゃない」

 店主は軽く肩をすくめる。たしかに彼も勘違いに気付いていながら、それを伝えることはしなかった。

「お前さんの邪魔をしようだなんて、そんな度胸は持っていないんでね」
「別に言ってくれても構わなかったわよ。勘違いがなくても上手くやる自信はあったもの」

 さらりと答えた少女に店主は一つため息を吐く。

「魔女なんかに目をつけられて、奴さんも気の毒に……」
「でも代わりに聖霊の加護を得られる――かもしれない」

 そう言うと、少女は椅子から立った。

「馬車の準備もそろそろできたみたいだから、もう行くわ」
「あぁ、元気で。奴さんの幸せを祈っとくよ」
「私の幸せは祈ってくれないの?」
「お前さんは自分で掴み取るだろうが」

 店主の言葉に少女はにっこりと笑う。

「だって魔女だもの」