夏空

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 結局家に着いた頃にはすっかり暗くなってしまっていた。
 それでも、時計を見たらまだ六時を少し回ったところだった。やはり冬は昼間が短い。
 家に入るとすぐにエリファスが駆け寄ってくる。

「ただいま」

 頭を撫でるような仕草をしてやる。実際には触れないから、仕草だけ。
 それでもエリファスは嬉しそうに喉を鳴らす。
 エリファスを足元にまとわりつかせながら、居間を覗いた。
 テーブルの上にはまだご飯が乗っかっている。
 父はまだ帰ってきていないようだ。母は和室のほうで昔のアルバムを整理していた。
 懐かしそうに、一枚一枚丁寧にめくっている。

「ただいま」

 返事は返ってこないとわかっていても、必ず声はかける。
 私はこうして皆に会えるけど、残された方は辛いだろうと思うから。
 届かなくても。

「ただいま、お母さん」

 届けばいいと、思うから。
 届いて欲しいと、思うから。

「お休みなさい」

 その時、ふっと母が顔を上げた。
 目が、合った。
 けれど母は何もなかったように、すぐに視線をアルバムに下ろしてしまった。
 俯いたその表情はもう見えないけれど。
 胸がどきどきしている。
 ただの気のせい。それでもいい。
 笑みが零れる。
 階段を駆け上って部屋に戻る。そして制服のままベッドにダイブする。
 気分がいい。
 とても、気分がいい。
 目を閉じてゆっくり息を吐く。力が抜けていく。
 ごろりと転がって仰向けになる。ネクタイを剥ぎ取って、ブラウスのボタンを上だけ外す。
 ベッドの下に投げ捨てたカバンのことや、制服が皺になることなんて考えなくていい。
 とても、気分がいい。
 目を閉じて、息を深く、深く吸い込んだ。
 瞼の裏に浮かぶのはあの瞬間。
 死んだ瞬間に見た、あの夏空を思い描きながら、私は眠りについた。

終わり