力(ちから)

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 吹き飛ばされて瓦礫の中へと突っ込んだ。
 目に涙がにじむ。
 あちこちを打ちつけ、痛くない場所のほうが少なかった。
 けれど痛みよりも悔しさが彼女の目に涙を呼び寄せていた。
 ――勝てない。
 その言葉が頭に浮かぶ。
 目の縁に溜まっていた涙がぼろりと落ちた。
 ぎりっと歯を噛み締める。
 勝てないと、思う。けれども同時に、嫌だとも思う。
 よろよろと瓦礫の中から身を起こした。
 右手にまだ剣を握っていることを確かめる。
 左手の甲で涙を拭った。
 相手の青年はアーリヤが吹き飛ばされる前と変わらない場所にいた。
 彼女に追い討ちをかけるでもなく、余裕を見せた態度で、ただ立っていた。
 ――負けたくない。
 アーリヤは強く思う。
 だがどんなに強く願おうと、相手と彼女の力量の差が埋まるわけではない。
 このままではいけないと思う。
 考えなければいけない。思考を回すことは彼女の苦手とすることだったが、今はそんなことは言っていられなかった。
 勝つために、どうすればいいのか。
 息を整えながら剣を構える。
 考えなければいけない。
 けれど時間をかけてはいられない。
 こんな時にエリュアールがいてくれたなら……、という思いが頭を掠める。頭の良い彼女ならば何か起死回生の手を考えてくれるだろうに、と。
 そんなことを考えていたからだろうか、ふいに言葉が浮かんできた。
 ――アーリヤ・ティーヴァ、貴女の言葉には力があります。
 頭が良く優等生の彼女に、不出来なアーリヤはいつだって怒られていた。
 言葉は厳しかったが、間違ったことを言うことはなかった。
 その彼女が言っていた言葉だ。
 ――思いが強いと言い換えてもいいです。それはつまり聖霊に言葉が届きやすいということです。それは貴女の強みですよ。
 アーリヤは口を開いた。

「請う……」

 ――何をどうしたいのか、はっきりと思い浮かべなさい。曖昧な思いは曖昧な結果しか出しません。

「請い給う……」

 強く、思う。
 勝ちたいと。
 そのために必要な力を。
 アーリヤは地面を蹴る。
 剣を振るう。
 刃は届かない。
 けれど刃が届かないのなら、届かせればいい。

「切り裂け(クゥペ)!」

 剣の軌跡をなぞるように見えない刃が相手を襲った。
 青年は予想していなかったのだろう、対応が一瞬遅れる。
 不可視の刃が相手に傷を与えた。
 しかし致命傷とはいかない。
 それでもアーリヤの攻撃が初めて相手に届いたのだ。
 もう一撃、と彼女は更に前に進む。
 青年はまだ迎え撃つ体勢に戻れていない。
 前に出て、剣を振り下ろす――

「そこまで!」

 制止の声にアーリヤの腕がぴたりと止まる。
 刃は相手の体に触れる紙一重。
 ゆっくりと剣を引いた。
 ぜえぜえと荒い呼吸が落ちる。
 青年が立ち上がるのを待ってから、アーリヤは頭を下げた。

「ありがとうございました!」

 相手も合わせて一礼した。
 頭を上げて、一つ息を吐く。
 張り詰めていた空気が一気に緩む。

「油断した。お前が術式を放ってくるとは思わなかった」
「えへへへへ〜、あたしだって成長するんですう。いつまでもやられっぱなしじゃないんだから!」
「その割りに前半は吹っ飛ばされまくってたけどな」
「終わりよければ全て良しなのさぁ」

 二人で会話をしていると横から声が飛んでくる。

「お前らくっちゃべってないでさっさと手当てしてこい!」

 この戦闘訓練の監督をしている指導官である。

「手当てが済んだら今日の訓練は終わりだ。評価が聞きたきゃ終わってから来い」
「了解です」
「はぁい」

 指導官に返事をして、二人は急いで脇に寄った。
 入れ替わりに別の二人がそこに立つ。
 指導官の掛け声と共に模擬試合が始まる。
 それを横目で見ながらアーリヤと青年は訓練場の外へと向かう。

「あとでエリュにお礼言おうっと」
「ん? なんか言ったか?」
「なぁんでもないよ!」

 アーリヤは笑いながら駆け出した。

終わり