「じんぐるべ〜る じんぐるべ〜る 鈴が〜なる〜」
少女が窓の外を見ながら楽しげに歌っている。
「今日は〜楽しい〜補講の日〜 ヘイ!」
「ヘイじゃない!」
もう我慢できないといったように、その横に座っていたもう一人の少女が怒鳴りつけた。
「楽しくなんてないわよ! 何が悲しくてせっかくのクリスマスにバカな小娘と頭の軽い教師と顔つきあわせなきゃいけないのよ!」
「そんな日に補講に来てるみっちゃんもバカー」
鋭い指摘に少女はぐっと言葉に詰まった。
「そうだぞー。どちらかと言えば成績は古谷より芦谷のほうが悪いぞー」
二人の前のイスにだらしなく座っている男にも言われ、少女はさらに詰まった。
ちなみに、今日はクリスマス。ここは教室。今は午後一時。いるのはこの三人――数学教師の佐竹 悠司、女子生徒の芦谷 蜜夜と古谷 鈴である。
歌っていたのが古谷で、怒鳴ったのが芦谷だ。
「うぅ……本当だったら今ごろは彼氏とラブラブしてたはずなのに…」
芦屋は机にべたりと頬をつけてうめいた。
「ならさっさとそのプリント終わらせろなー? 俺だってかわいい子猫ちゃんが待ってんだぜ〜」
「どーっせ、本当の猫でしょ」
バカにしたように言いながらも、芦谷は嫌々体を起こして机の上のプリントを見た。
たっぷり一分間プリントを眺めてから、ちらりと横を見た。が、目に入ったのはにこやかに笑う佐竹の顔だった。
「カンニングはだめだぞー」
「うぅ……」
芦谷は悔しげにうめいて、プリントに目を戻した。
『第十問 次の定積分を求めよ……』
芦谷は額をごんっと机に打ち付けた。
「わーかーんーなーいー」
「お前が駄々こねてもかわいくともなんともないぞー」
「あ」
ふと、とっくのとうにプリントを終わらせていた古谷が窓の外を見ながら声をあげた。
何事かと芦谷と佐竹も窓の外を見ると、ちらちらと白い雪が舞っていた。
「ホワイトクリスマスだ〜」
「なーにが、ホワイトクリスマスよ。北海道じゃ珍しくともなんともないじゃない」
嬉しそうに言う古谷に、芦谷は冷めた声で言い、すぐにプリントに目を戻した。
芦谷にとっては今は雪よりもプリントを終わらせることのほうが重要である。
「おー外は寒そうだー。これだと待ってる奴も辛いだろうなー」
「冬だから寒いのは当たり前でしょ。外で待ってる奴がバカなのよ」
「あれってみっちゃんの彼氏だよね?」
「どれっ!?」
芦谷はイスを蹴り倒して窓に張り付いた。
たしかに窓の外、雪がちらつく中、校門の所に人が立っている。
「ほお〜、あれが芦谷の彼氏かー」
「二歳年上の大学生だってー」
佐竹と古谷が和気藹々と話していると、窓に張り付いていた芦谷はぱっと元の席に戻り、猛然と問題を解き始めた。
「これぐらい、私が実力を出せばあっという間に終わるわ!」
「「おぉ〜!」」
すばやくシャープペンを走らせる芦谷に佐竹と古谷は歓声を上げた。
結局、芦屋がプリントを終わらせることができたのは日が傾き始めた頃だった……。
終わり