魔法のランプから魔人が出てきて願いを叶えてくれる。というのはよくある話。
しかし電気ポットから騎士が出てきた場合はどうしたらいいのだろうか。
時間は数分前にさかのぼる。
今日リサイクルショップで買ってきた電気ポットを早速使おうと、給湯ボタンを押したところ、お湯ではなくて真っ白い煙のようなものが出てきた。
最初は湯気かと思ったのだが、煙だけで一向にお湯は出ず、しだいにその煙が集まっていき、最終的にはファンタジーなどに出てくる騎士のような格好をした人間が出来上がったという次第である。
挙句、その騎士は「死ぬまであなたをお守りします」などと言い出したからたまったものではない。
私は驚いたとか、そういう次元を超えてウンザリした。
願いを叶えてくれる魔神ならば適当な願い事でも言ってさっさと帰ってもらえばそれでいい。しかしこの騎士は『死ぬまで』と来たもんだ。
大学生になってようやく一人暮らしができると思っていたら、いきなり同居人が現れたんだから嫌にもなる。
「帰ってくださいいりません他当たってください!」
私は強い口調でまくし立てた。
「は? あ、あの……?」
騎士はとっても困っている。
そりゃあ、そうだろう。きっと普通こういう場合は乙女なんかはポッと頬を赤らめたりするんだろう。彼は結構な美形であることだし。
しかし美形がどうだって言うのだ。
私が言うのもなんだが、ウチの兄たちはかなりの美形ぞろいである。おまけに勉強も運動も家事も、なんでもござれの完璧野郎ども。
だからってコンプレックスがあるわけではない。たしかに昔は多少持っていたが、年を負うごとにアレはもう別次元の人間なんだと割り切ることができた。
しかしそんな兄たちにも欠点が一つ。
それは過保護すぎること。私が末っ子だからか、兄弟のなかで唯一の女の子だからか、異様なほど過保護なのだ。
小学校の頃はもちろん、中学、高校に入っても送り迎えをしようとしたり、私の友達関係を把握し、恋愛感情あるなしに関らず男子と少しでも仲良くなれば邪魔をする。
はっきり言って、ウザかった。
すべてにおいてその調子なので、大学に合格して一人暮らしをすると言った時はそれはそれは反対した。
それをどうにかこうにか宥めすかし、ようやく一人暮らしができて気楽になったと思ってた……のに!
「守ってくれなくていいですからさっさと帰れ!」
「そ、そんな!」
私がびしりとポットを指差すと、騎士は顔を青くして心なしか涙目になっている。
それに、私が座っているからはっきりとはわからないが、何だか……私よりも小さいようだ。それに随分と若い……もしかすると私よりも年下……。
「ようやく……ようやく僕にも使命が果たせると思ったのに……」
騎士は悲壮感を漂わせてがっくりとうな垂れてしまった。
その様があまりにも哀れで、さすがに言い過ぎたかとたじろいだ。
次の瞬間――
「やっぱり……やっぱり僕は落ちこぼれなんだーーーーーっ!!!」
手で顔を覆って、子供のように大声で泣き出してしまった。
それにはさすがに驚いた。
これでは子供のよう……というかまるっきり子供だ。
「ちょ、ちょっと……!」
何とか泣き止ませようとするのだが、一向に泣き止まない。
よくそんなに声が続くものだと、半ば呆れながら思う。
しかし、これは早々にどうにかしないと近所迷惑に、というかはっきり言って私にとってもうるさい。
とりあえず、殴って黙らせた。
「い、痛い!」
「うるさい!!!!」
また泣き出しそうなのを、手で口を塞いでどうにか防ぐ。
「あーもう! わかったわよ。守られればいいんでしょ!」
ウンザリしながら私はその小さな騎士の申し出を受け入れた。
どうやら平穏な毎日は当分やって来そうにない。
私は深くため息を吐いた。
終わり