夜空

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 郵便受けを開けて溜まっている中のものをまとめて取り出し、部屋の明かりをつける。いつものように鞄をテーブルの上に置いて、郵便の差出人を確認しながらコートを脱ぐ。
 すると珍しいことに、DMなどの封筒の中に混じって葉書が一枚だけ入っていた。誰からかと思えば、大学時代の友人からだ。今でもメールのやり取りはしているのに何で葉書なんかと、疑問に思いながら裏を返すと、ポストカードのようだった。綺麗な星空の写真が印刷されているが、その他には何もない。もう一度表を見るも、こちらも差出人と宛先以外には何も書かれていない。
 首を傾げながらも、コートをかけてテレビのスイッチを入れる。テレビではちょうど明日の天気予報をやっていた。
 明日は暖かくなるのかと、軽く耳に入れながら、もう一度葉書に目を落とす。
 およそ都会では見ることの出来ないような数の星の中を、流れ星が綺麗に光の筋を描いている。

『……夜の十一時から二時頃にかけて、東の空にたくさんの流れ星を見ることが出来るでしょう』

 耳に入ってきた言葉に、はっとして顔を上げた。
 予報はいつの間にか終わっていて、気象に関する豆知識のようなものを簡単に紹介するコーナーに移っていた。
 流れ星について説明するアナウンサーを見ながら、去年のことを思い出した。



「流れ星見に行かね?」

 そんなことを言い出したのは誰だったか。
 ちょうどその時部室にいたのは、同学年メンバーの五人だけだった。
 それぞれしゃべっていたり、漫画を読んでいたり、ゲームをしたりしていたが、退屈を持て余していたのは一緒だった。そんな中に投げ込まれた言葉に皆わきあがる。

「今日の夜中すごいたくさん流れ星が見えるんだってさ」
「あー、あれか、なんとか流星群とかいうの」
「なんだ大学生活最後の思い出作りってか?」
「男だけで流れ星かよ。ロマンティックの欠片もないな!」
「札幌の街中でも見えるのか?」
「藻岩山にでも登ればいいんじゃね?」
「たしかロープウェイって九時とかそんくらいまでだったはずだから藻岩山は無理なんじゃないか」
「んじゃあ、モエレ沼とかそっち方面は?」
「つーか夜中ってことはバスも地下鉄もないだろ。どうやって行くんだよ」

 あれやこれやと口々に言いながらも、皆乗り気になっていた。
 大学生活最後にして最大の難関である就職活動もどうにか蹴りがつき、単位のほうもなんとか必要数は確保し、少しばかり時間を持て余していた。そんな時に持ちかけられたこの面白そうな提案に食いつかないはずがない。
 その後も軽口を叩きあいながらあーだこーだと話し合い、その夜十二時に札幌市の中心部から北東の端にあるモエレ沼公園の付近に流星群を見るために出かけて行った。
 本格的な冬はまだだと言っても十一月も半ば、ましてや夜も更けた時間帯。身も切るような寒さだった。それでも五人は乗りと勢いで流れ星を見るために、幾分かは星の見える夜空を見上げた。
 結局そんなにたくさんの流れ星は見られなかったが、五人は満足して帰途に着いた。

「札幌でもがんばれば少しぐらいは星見えるんだなー」
「流星群って実は結構毎年見えるんだってさ」
「へぇ、じゃあ来年もこのメンバーで見に来ようぜー、なんつって」
「それはさすがに無理だろ。道外組みがいるんだし」
「だよなー。来年の今頃なんて何してるかな」

 笑いながら、そんな会話をした。



 冷たい空気の中を俺は一人で夜空を見上げていた。
 吐く息も白く、耳がかじかんで痛いくらいだ。
 空は雲もなくすっきり晴れている。絶好の天体観察日和と言ったところか。
 携帯を開いて時間を確認する。十二時ちょうど。東の空に流れ星が見え始めてくる。
 去年はこの夜空を五人で見たが、今年は一人だ。
 当然のことだとは思うが、やはり、たった一人で見るのは味気ない。
 去年は耐えられた寒さも、今年は早々にギブアップしてしまいそうだった。
 ほうっと息を吐くと、手に持っていた携帯が震えてメールの着信を知らせてくる。
 こんな時間に珍しいと思いながら見れば、去年ここで流れ星を見た仲間のうちの一人だった。
 開いてみて、笑いが漏れる。
 『東京の空』という件名で、真っ黒いなんだかわからない写真が添付されている。たぶん、東京の夜空を写したものなのだろう。

「これじゃ何にもわかんねーじゃん」

 寒さでこわばった顔がじわじわと笑いに崩れる。
 メールを見ている間にも別のメールが次々に届く。全部去年星を見たメンバーからだった。最初のメールと同じように、夜空の写真が添付されている。それぞれが今住んでる場所から撮ったものなのだろう。

「あいつら馬鹿だ」

 俺もずいぶんと馬鹿だけどと思いながら、携帯を夜空に向けてカメラモードにする。
 さっきまであんなに気になっていた寒さが、今はそれほど気にならなくなっていた。
 星が流れた瞬間を狙って、シャッターを押した。

終わり