掲げた剣

Text


 窓の外、階下に見えるは闇に浮かぶ幾多もの赫い点。
 あれは松明の光。すべてを焼き尽くす炎。
 男はそれを見ている。建物の上部に位置する己の部屋から。
 ただじっと。目を逸らさずに。

「私の、何が悪かったのだろうな」

 それは自嘲。
 低く、呼気と共に吐き出される。

「私は、私はな、夢を持っていたのだよ」

 口元に笑みを浮かべながら。

「馬鹿みたいな夢だが、すべての民が幸せになる夢だ。この世が平和になる夢だ。そのために私は頑張ってきたのだがな。誰にも理解はされなかったようだ。お前も馬鹿な夢だと思うか?」

 男は振り返りもせずに背後の人物、己のすべてを奪っていく青年に声をかけた。
 地上の喧騒、人々の怒号や金属のぶつかり合う音がこの部屋にまで届いている。

「……陛下……」

 自分から声を掛けたにも関らず、喘ぐように紡ぎだされた呼びかけに男は応えない。ただ窓の外を、己を焼き尽くす炎を、見つめている。

「すべては民のためだったのだがな……」
「……陛下!」

 青年は苦しげに、切羽詰った声で男を呼ぶ。

「気にするな最後の戯言だ」

 くつくつと笑いながらようやく男は窓を背にした。ようやく己を殺す青年と、対峙した。
 疲れた風情ではあるが、怯えも、怒りも男にはない。静かな笑み。けれどそれは諦めではない。ただ、すべてを受け入れた者の顔。受け入れた者の笑み。
 しかし対する青年の顔は蒼白で、手に持つ剣の剣先が揺れている。

「……陛下……」
「剣は、掲げた剣は折れてしまった」

 男はもう一度、窓の外を振り返った。