彼と出会ったのは馴染みの酒場。
小遣い稼ぎに歌っていたところを、同族だろうと声をかけられた。
向こうから渡ってきたばかりなのだと言う彼に、労いを込めて酒を奢れば、渡ってくるのは初めてではないのだと彼は笑って言った。
普通であれば大陸間を移動する『渡り』は一度しかしない。仲間の中には一度だってしない者もいる。
何故なら、渡るためには海の上を通るために休まず飛び続けなければいけず、かなりの体力を消耗するからだ。一度渡ってしまえば、もう一度渡る体力はなくなってしまう。一度渡ってしまえば、もう二度と生まれた地には戻れないのだ。
それなのに、彼は何度も渡っているのだと、事もなげに言う。
うらやましいと素直に言えば、彼は照れたように笑った。
本当にうらやましくて、懐かしくて、もっと話を聞きくなった。
だから、まだ寝場所を確保していないという彼を狭い家に招いた。
ふと思いついたようにたまに話してくれるのが嬉しくて、懐かしくて、気が付けば涙が零れ落ちている。そういう時は何も言わずに胸を貸してくれた。
それがまた嬉しくて、できることならずっと一緒にいたいと思った。
いつか行ってしまうと知っていても。
それが彼の性質だから。そこに惹かれたのだから。
家に来てから二十日目にとうとう彼は行ってしまった。
一緒に来ないかと誘われたけれど、そんな体力はもうどこにもなく、首を振るしか出来なかった。
また来ると、会いに来ると、そんな言葉を残して彼は去っていった。
あぁ、だけど私は知っている。もう彼には会えないのだと。
彼は確かに会いに来てくれるだろう。なんてことなく再び渡って来るだろう。
けれどその時には私はいない。
私はもう、この世にはいないだろう。
遥かに長い寿命を持つ種族ではあるが、私はその半分程度しか生きられない。純血ではないから。
私は知っている。もうすぐ火が、命の火が消えることを。
だから彼がやって来ても私はここにはいない。
もう、会えない。
けれど、最後に彼と出会えたことに感謝したい。楽しいことよりも辛いことの多かった人生だけれど、最後に最愛と呼べる人に出会えたことにありがとうと。
だから風に想いを乗せよう。
彼には告げることのなかった言葉を。
――あなたのことが、好きでした。
終わり