一羽の鳥が上空で大きな翼をぴんと張って旋回している。
くうるりくるりと円を描き、ときおり思い出したように翼をはためかせる。
くうるりくるりくうるりくるり。
回りながらゆっくりと移動していく。
あぁ、あの鳥はどこへ行くのだろうか。
四角く切り取られた天井の窓から、私はそれを眺める。
「何を見ている」
振り向けば、戸口に彼が立っていた。
彼はいつものように目つきの悪い顔をしている。けれどそれは何かに怒っていたり、機嫌が悪かったりするわけではない。ただ単に視力が悪いせいだ。口数も少ないためによく誤解されがちだが、彼はとても優しい。
私はそれをよく知っている。
「鳥を」
見ているんです。
私は視線を窓に戻しながら静かに答えた。
囁くように音にしたその言葉は、ちゃんと彼の耳に届いただろうか。彼は何の応えもくれず、私はどうしたらいいのかわからなくなる。
鳥はもう窓からは見えなくなってしまっていた。
次にこの部屋を訪れた彼は、一羽の鳥を連れてきた。鳥籠の中に入れられた黄色い小鳥だ。
私にと差し出されたそれを、ゆっくりとしか歩けない足で受け取りにいく。
小鳥は落ち着かなさげに籠の中を動き回り、しきりに首を傾げるような動作を繰り返している。
籠の中の鳥は何も知らない。檻の中に囚われて、どこへも行けない。
籠を受け取りながら、彼に問う。
「何故、鳥を」
「いつも見ているだろう」
だから好きなのだと思い。
彼の眉間にはしわがより、いつもよりも目つきが悪い。
嫌いだったかと言外に問いかけてくる彼に、私は微笑を返した。
もらった小鳥を、私は籠から出して部屋に放した。小鳥は初め、警戒して籠の周囲から離れようとはしなかった。けれどそのまま放っておくと、しだいに行動範囲を広げていき、すぐに部屋中を動き回るようになった。
私にもよく懐き、肩や頭にも止まりにくる。もしかしたら都合のいい止まり木とでも思っているのかもしれないが。
鳥を部屋に放しているのを見て、彼は驚いたように少しだけ目を大きくした。
彼のそんな表情を見るのは初めてだった。
「何故……その鳥は逃げていかない」
開け放った窓の横に座っている私の肩に止まっている小鳥を見ながら、彼は呟くようにそう言った。
私は笑う。
「知っていますか」
小鳥の前に手を掲げてやると、はねるようにして器用にそちらに飛び移る。
「人に飼われている鳥は風切羽を切られて遠くまで飛べないようにされているんですよ」
まるで私みたいですね。
そう言って私はうまく動かない左の足を示した。衣服の上からでは何も変わった所はない。けれどその下には醜い傷跡のあり、それのためにもう二度と走ったりすることは出来ないのだ。
彼は眉をしかめて咄嗟に口を開くが、結局は何も発することなく口を閉じる。
「それでも」
私は手をゆっくりと頭上まで上げて、高い位置で小鳥を放した。
小鳥は不恰好ながらも自ら羽ばたいて部屋の中を一周し、私と彼の視線の中、机の上に置かれていた籠の中へと戻っていった。
「籠の中の生活も存外お気に召しているかもしれませんよ」
私は笑って言った。
終わり