いつだって

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 君に手紙を書きます。
 この手紙が君の元へ届くことは決してないけれど、それでも書こうと思います。
 実を言えば、届けられない手紙を君に書くのはこれが初めてじゃないんだ。それを知ったら、君は笑うかな。それとも呆れるだろうか。
 できれば君には笑顔でいて欲しいと思っています。だから笑ってくれると嬉しい。
 君は今、何をしていますか。体調を崩していたりしませんか。
 体が弱いんだから、一人で無理をしてはいけないよ。
 力仕事とか、体力の要るようなことは全部、父にまかせてください。どうせあの人は早々に引退なんかしちゃって、時間も体力も有り余ているんだから。
 もう君とは会うことは出来ないけれど、いつまでも君は僕の大切な家族です。
 そういえば、ウチの可愛い坊主もそろそろ学院に入る頃かな。
 あの子は何になりたいのかな。
 できれば、愛する人を悲しませることのない職について欲しいと思うけれど、君を悲しませてる僕の言えることではないね。
 それでも、もし跡を継いでくれるというのなら、僕ではなく、父のほうにして欲しいと思ってる。
 そんなの僕の我が侭でしかないけどね。
 僕は今、東のほうに来ています。こっちの方はやっぱりまだ戦ばかりで落ち着かない情勢です。
 あぁ、そんなこと書くと君に心配させちゃうかな。大丈夫、僕は戦場になりそうな辺りには近付いてないから。心配しないで。
 次はまた北の方に行ってみようと思っています。以前行ったところのさらに先まで行ってみるつもりです。
 向こうの方は山がちで、あまり人に知られていないような隠れ里とか、未調査の遺跡とかがまだ結構あるという話です。そういうところをたくさん見てこようと思ってます。
 それじゃあ、また手紙を書きます。
 僕はいつまでも君を愛してる。いつだって君の幸せを願ってるよ。



 薪が燃えている。
 その前の座るのは壮年の男。肩ほどまでの黒い髪を後ろで無造作にくくり、ずいぶんとくたびれて薄汚れた旅姿をしている。
 男は今しがた書き上げた手紙をもう一度読み返すと、二つに折りたたみ、そして躊躇うことなく目の前の焚き火の中に入れてしまった。
 炎はぱちぱちと踊り、手紙は瞬く間に火に解けていく。
 男はそれをじっと見つめる。
 実を言えば、手紙の宛て先である彼の愛する妻はもうこの世にいないであろうことを、彼は知っていた。
 彼が故郷を出てきて、彼女と別れて、もう十年になる。
 生きているならば、彼女は三十五歳になるだろう。
 だが、彼女の身体には病気が巣くっていた。薬で進行や症状を和らげてはいたものの、完治させる治療法や薬などは見つからず、いつ途切れるともしれない命を騙しだまし、慎重に生きていた。医療士からは三十回目の春は迎えられないだろうとまで言われていた。
 だから男は、きっともうこの世界のどこにも愛する人は存在していないだろうと、察していた。
 けれど、彼にはそれを確認する術がない。そうすをすることを許されていなかった。
 そういう、決まりなのだ。
 決して故郷には帰れず、二度と家族と相見えることはできない。
 そういう、仕事なのだ。
 だから男は手紙を書く。
 もうこの世にいないことを察しながら、けれども生きているかもしれないという幻想を捨てきれずに。
 決して出せない手紙を。決して届かない手紙を。
 燃えた手紙は一筋の煙となり、空へと昇っていく。
 高くたかく昇り、星へと混じる。
 せめてこの想いだけでも届けばいいと、男は思う。

終わり