氷と硝子

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 心地良い静けさに包まれている。紙をめくる音やペンを走らせる音だけが支配する空間。話をしている者も幾人かいるが、場所をわきまえて声を潜めているので静けさを壊すほどではない。
 ここは図書室である。
 エリュアールも他の利用者と同じように静かによどみなくペンを走らせている。
 向かいに座るアーリヤもここでは静かに同じようにペンを走らせている。ただしこちらはつっかえつっかえではあるが。
 一段落ついたところでエリュアールはペンを止めて顔を上げると、アーリヤが口をへの字に曲げて眉をしかめているのが目に入った。
 ペンは完全に止まっている。

「どうしました」
「うぇ?」

 エリュアールの問いかけにアーリヤは間の抜けた返事を返した。

「考え込んでいるみたいでしたけど」
「んー……ちょっと気になってしょうがないことがあってさ……」
「私でわかることでしたら教えますよ」

 アーリヤにしては珍しく切れの悪い言葉に、エリュアールは興味を覚えた。考えるのは苦手と言って、いつも考えることを放棄するアーリヤがそこまで考え込む事柄とは何だろうか。

「これとは全然関係ないことなんだけどぉ……」

 書きかけの報告書を示しながら、何故かエリュアールの顔色を窺うようにアーリヤは言った。

「構いませんよ。何ですか」
「あのねあのね」
「はい」
「エリュとシャールって付き合ってるの?」

 その瞬間、図書館中の視線が自分に向けられたのをエリュアールは感じた。
 アーリヤはそんなことには一切気付かずに、期待するような眼差しを送ってくる。
 どう答えようと勝手に良いように解釈されて明日には学院中に知れ渡ることだろう。そのことを考えてエリュアールは頭痛を覚えた。

「付き合ってはいません」
「じゃあどういう関係なの?」

 いいかげんにしろとアーリヤに対してエリュアールは怒りを覚えたが、ここは図書室だからと怒鳴りたいのを自制する。他人の恋愛事情のどこが楽しいのか。内心大きくため息を吐いた。

「氷と硝子」
「え?」
「あるいは雲と綿菓子」

 エリュアールの答えにアーリヤは頭にハテナをたくさん並べて首を傾げている。
 聞き耳を立てている人々も同じ気持ちだろう。

「えーと、どういう意味?」
「報告書はできたんですか」

 にっこりと微笑みながら冷たい声で言われてアーリヤは慌ててペンを手に取った。
 それを見届けるとエリュアールも再び紙に目を落とした。
 氷と硝子、あるいは雲と綿菓子。
 似てはいてもまったく違う物。
 エリュアールは人知れず心の中で自嘲した。

終わり