気まぐれな出会い

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拝啓

 父さん、母さん、ついでにミケも、元気ですか?
 何の冗談か、聖霊の気まぐれか、超が百回以上は確実に付くであろうあの超難関な学院の聖騎士科に合格・入学してからもう一ヶ月が経ちます。
 ようやく学校や寮の生活にも慣れて来ました。そして僕は今、元気に遭難中です。



 なんて現実逃避してみても今のこの状況が変わるはずもなく、仕方なしに僕は暗い森の中をとぼとぼ歩き続けてる。
 しっかし、僕の方向音痴具合を知ってる父さんや母さんでも、まさか学校裏の森で迷子になるとは思わなかっただろうな。なにせ自分でも思わなかったんだからさ!
 生まれも育ちも田舎だから、街中に出るよりも気が安らぐかなぁ、とか思って軽い気持ちで入っちゃったのがいけなかったんだろうな。気が付いたら自分がどこにいるのか全然わからなくなっちゃってた。それでも学校裏の森がそんなに深いとは思わなかったからさ、まっすぐ進んでたらどこかに出られるだろう、なんて軽い気持ちで歩き続けてたんだけど、あっという間に日が暮れて何も見えなくなっちゃった。
 日が落ちた後の森の中っていうのは本当に真っ暗だ。都会に出てきて夜でも色んなところに明かりが灯っててあんまり暗くないのに驚いたけど、本当の闇っていうのは田舎の夜の比じゃないね。お月さまのありがたさが良くわかるよ。何にも見えやしない。
 運良くこの間授業で習ったばかりの術でどうにか火を灯せたから良かったものの、そうじゃなきゃ真っ暗闇の中を恐怖にふるふる震えて一晩明かさなきゃいけなかっただろうからね。真夏だから凍死の心配はないけど、それでも森の中は涼しいから一晩過ごしたら風邪ぐらいは引きそうだ。
 風邪引くのは嫌だから上手い具合に森の外に出られれば良いんだけど……。
 歩きながら真っ暗闇の中を目を凝らしてみても、やっぱり拾った枝の先に灯したちっぽけな火だけじゃ、先の方がどうなってるかなんて見通せやしない。でも見通せないってことは真っ暗だってことだからまだまだ森の出口は遠いみたいだ。
 ふぅっと今日何度目かになるため息を吐いた。
 さすがにずっと歩きっぱなしだと疲れる。ここら辺でちょっと一息しようかな。
 なんてことを考えてたら、運良く座るにはちょうどいい感じの切り株を見つけたので早速そこに腰かけた。
 動いてるとなかなかわかんないもんだけど、実は結構疲れてたみたいだ。座った途端になんか、こう、色々と、色んなところに、きた。これはちょっと休んだぐらいで立ち上がる気になれるかどうか。
 あーもういっそここで夜明かしするかなぁ。火消さないように枝持つのも疲れてきたし。
 はぁ ……

 …… はっ!
 やっばっ! 今意識どっか行ってた。
 これはやっぱり今夜はもうここで野宿したほうが良いてことかなぁ。
 そんなことを考えながら手に持ってる火が消えてないのを確認してたら、なんだか視線の端っこをちらちらとちらつく何かが……。
 って、あれ明かりじゃん!
 ずっしりと体全体に圧し掛かってた疲れなんてなんのその、どっかにぽいっと追いやって僕は勢い良く立ち上がった。
 明かりがあるってことは人がいるってことだよな。動物は明かりなんか点けないもんな!
 いっそ駆け出したかったけど、明かりを持ってるとはいえ夜の森の中を走れるほど運動神経も目も良くないんで、気持ちだけ駆け出させておく。
 やぁこれでなんとかなる。なんとかならなくてもどうにかなるよね!
 あ、でもこんな夜中にこんな所にいるなんてちょっと怪しくないか。いや、僕が言えたことじゃないんだけどさ。考えられる案としては三つ。その一・密猟者、そのニ・この森に住んでる、その三・遭難中。って三番目じゃ駄目じゃん!
 ううん一人でノリツッコミしても空しいだけだ。
 まぁ、なんとかなるか。

「こんばんはー」
「はい。こんばんは」

 顔が見えるぐらいの位置から声をかけたら、のほほんてな感じで返された。
 返事を返してきたのはのんびりした雰囲気のおじさんだった。こんな森の中を歩くには合わなそうなちょっとおしゃれな服装で、手にはそこらで拾った枝に火を点けただけのお粗末な明かりなんか比べ物にならないぐらいに立派な洋燈を持ってる。
 ちょっと貧富の差をまざまざと見せつけられてる感じで貧乏人の僕にはちょっと眩しい。
 とりあえず一番じゃなさそうだけど二番でもない感じ。うわ、残りは三番じゃん。

「その制服は学院の生徒さんだねぇ」
「はい。今年入ったばっかなんですよ」

 本当に三番だったらどうしようなんて軽くドキドキしながら、おじさんに合わせてのほほんと受け答える。

「それじゃあもしかして迷子さんかな?」

 もしかしなくても迷子さんですよう。誰も好き好んでこんな時間にこんな場所に散歩に来るような人はいませんよ。

「私は散歩をしてるところなんですよ」

 ここにいた。
 あ、でも散歩中ってことはこの真っ暗森の出口を知ってるってことだよね!散歩してて迷っちゃったとかいうオチはいらないぞ!

「ここで会ったのも何かの縁でしょうから、ちょっとそこまで付き合いませんか?良い物が見れますよ」
「ええと……」

 できることなら早く帰りたいんですけど。

「そう時間も掛かりませんし、ちゃんと寮まで送りますから」

 そんな気持ちが顔に出てたのかおじさんは笑ってそう付け加えた。
 う、恥ずかしい……。僕ってそんなに分かりやすいのかなぁ。
 まぁ、こんな所まで来たんだし、ちょっとぐらいは付き合っても良いか。
 おじさんが言う『良い物』が見れる場所に向かう道すがら色々と話をしたりした。僕が聖騎士科を受験するに至った経緯とか、合格したのが奇跡に等しいとか、奨学金がなかったら入学辞退しなきゃならなかったこととか、学食の鳥の唐揚げ丼が安くて美味しくて量が多いとか、おじさんの息子さんは生真面目すぎて冗談が通じないとか、娘さんはおてんばでよく怒られてるとか。でも『良い物』が何かはお楽しみだって言うばっかで教えてくれなかった。
 たしかに事前情報がないほうが感動やら驚きやらは大きいけどね。
 んで、ちょっと歩いておじさんが連れてきてくれたのは森の中の小さな泉。泉の上だけ空を遮ってた枝とか葉っぱがなくって、光が差し込んでる。
 久しぶりに見た明るい光に目が慣れなくってちょっと眩しい。
 夜ってこんなに明るかったんだなぁ!
 もしかしておじさんの言う『良い物』ってこれのことかな。
 そう思っておじさんを窺えば、にっこり笑って上を指差した。
 何だろうって見上げて。

「おぉー」

 そうか今日は満月なのかぁ。
 ちょうど泉の真上に来てて、良い具合に枝葉がない部分からぽっかり浮かんだ真ん丸な月が覗いてる。おまけに余計な明かりとかがないから一層明るくてきれいだ。
 それからおじさんは更に下の方も指差した。

「おおぉぉー」

 泉の中にも月が映ってる! 二重に楽しめるってことだね!
 これはたしかに一見の価値有りだ。

「この二つの月を見ながらお酒を飲むのが、また格別なんですよ」

 なんてにこにこ笑いながら言うおじさん。
 はっ、これはもしかして僕に付き合えって言ってるのか!? 付き合いたいのはやまやまですが僕は未成年ですよ!

「お酒の飲める歳になったら一緒に飲みましょうね」

 僕の危惧を知ってか知らずか、おじさんはやっぱり笑顔でそう付け加えた。
 そんなどきどきな会話をしながら、僕たちはしばらく二つの月を堪能した。
 その後、おじさんはちゃんと言葉通りに寮のすぐ近くまで送ってくれた。どこにいたのかわかんないけど、突然現れた馬で。
 なんか普通の馬じゃなかったような気もするけど、どうだったのかは結局わからない。
 まぁ、無事に帰れたんだから別に良いよね!



 父さん、母さん、そんな感じでなんとかやっているのであんまり心配しないでください。夏休みには帰れると思うので、その時はこっちで流行ってる物をお土産に持って帰ります。
 それでは、体調にお気をつけください。



数年後、聖騎士の称号を与えられる時、玉座にいつか会った顔を見つけて驚くことになるのだが、それはまた別の話。

終わり