エリュアール・バウエルは冷やりとする森の中を歩いていた。一人ではない。彼女の前を黒髪の男子学生――シャール・ナダリアが先行している。
二人が今進んでいる場所はスプーリット聖国王立ドリオテス学院の裏手に広がる森の中だった。
そんな所で真昼間から何をしているのかと言えば、これも講義の一環なのだ。森の中を歩き、目的の物を見つけてくるという趣旨である。
今回の課題はとある植物を摘んでくること。ただし、教師から告げられたのは植物の名前と簡単な図だけで、多くの生徒たちはまずその植物の生態を調べることから始めねばならなかった。森は広く、闇雲に探したとしても見つけることは困難だからである。一方で、一部のすでに生態を知っていた生徒たちのほとんども、そのまますぐに森の中へと入ることはなかった。森のどこにその植物が生えていそうな場所があるのか調べねばならなかったからだ。そこから更に一部、植物の生態も知っていて、更には森のどこら辺に生えているのかを見当が付いている者たちはすぐに森の中へと入っていった。
森の中を二人歩くエリュアールとシャールはその最も少数の組に入っていた。
それぞれが思い思いの方向へ散っていく中、二人は共に歩いていた。別段、示し合わせて一緒に歩いているわけではない。たまたま、見当をつけた場所が同じで、進む方向が一緒なだけなのだ――少なくともエリュアールは顔をしかめてそう言うだろう。
枝や下草を掻き分けながら進んでいくと、ようやく先に開けた場所が見えてきた。
木々の向こうに水面が見える。
今回の課題の植物は水辺に生えるものなのだ。
「お」
と、池の直前でシャールが足を止めた。
すぐ後ろを歩いていたエリュアールは危なく背中にぶつかりそうになる。
「突然止まらないでください!」
何かあったのと彼の横から木々の向こう、綺麗な水面を湛えた池を見やり、そして叫んだ。
「アーリヤ・ディーヴァ!」
そこには彼女のよく見知った女生徒がいた――全裸で。
水浴びをしていたらしく、池の中に立ち、薄い褐色の肌を枝葉の間からこぼれ落ちる陽光の下に惜しげもなく晒していた。身体は小柄で、顔立ちもどちらかと言えば童顔であるが、その体付きは十分に大人の女性であった。つまりは出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
裸の女生徒――アーリヤ・ディーヴァは、突然現れた二人に驚いたような表情を浮かべたものの、己が何も身につけていないことを気にすることもなく、そして隠すこともなく、笑いかけてきた。
「あれー、エリュとシャールじゃーん、どうしたのぉー?」
「どうしたのじゃないです! 貴女はこんな所で何をしているんですか!」
そこまで言ってエリュアールは自分の前に立っているシャールの存在に思い至る。
「ちょ、シャール・ナダリア! 貴方は何を普通に見てるんですか!」
目を逸らすこともせず、普通にアーリヤの裸体を見ているシャールの後頭部を叩きながら彼女は叫ぶ。
それほどの威力があったわけではないが、シャールは叩かれた場所を軽く擦りながら全裸の少女から視線を外して着衣の少女へと向ける。
「別に、見たからどうってことはないだろう? 隠すからいやらしいのであって、開けっ広げに晒されてるものはどうとも思わない」
「そう言う問題じゃありません!」
「私も別に見られてもどうってことないよぉ」
あはははと笑いながら当事者であるはずの少女も言う。
エリュアールは顔を真っ赤にしてきりきりと眉を引き上げる。
「貴女はさっさと服を着なさい!」
森の中に少女の怒声が響き渡るのであった。
終わり