そして勇者は魔王を倒した

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 俺は一七年間平凡に生きてきた。真面目な両親に育てられ、小・中学校とそれなりの成績を保ち、進学校と言われるそれなりの高校に入学した。 容姿が際立って良いわけでも、運動神経が抜きん出て良いわけでもない。どの点においても人並み。平凡な人間だ。平凡な人間、だった。
 至極真面目な顔をした両親の前に座り、俺は今までの人生をそんな風に振り返ってみた。それがただの現実逃避だとはわかっていたが、そうしたくなった俺の気持ちもわかって欲しい。今まで一度たりとも冗談を言ったことのない両親が、真剣に、すごく真面目に、まるで冗談みたいなことを言い出したのだから。
 これは夢だろうかと試しに頬をつねってみた。痛かった。残念ながら現実だ。
 俺は軽く頭を振り、聞きかえした。もしかすると聞き間違いということもあるかもしれない。いや、ぜひそうあって欲しい。

「ええと、もう一回言ってくれる?」

 父さんは重々しく頷くと先程と同じ言葉をもう一度繰り返した。

「お前は勇者なのだ」
「父さん、熱でもあるんじゃないか?」

 父さんの額に手を当ててみたが、すぐに振り払われてしまった。そして払われた俺の手は母さんにぎゅっと握りしめられた。

「信じられないでしょうけど、これはお前が生まれる前から定められていたことなの」

 二人の目はマジだ。本気だ。
 頭がくらくらした。

「お前は魔王を倒すため旅立つのだ」
「これは母さんと父さんから」

 母さんが差し出したそれをはた目に、とりあえず不満、というか世間の一般常識をぶつけてみた。

「魔王ってなんだよどこにいんだよこの現代社会にいるかよそれに弁当貰ってどうしろっていうんだっ!」

 しかしそれに対する両親の反応は冷たいものだった。

「いいから行け。旅立て。そして魔王を倒して来い。倒すまで帰ってくるな」

 そうして俺は家から放り出された。弁当だけを持たされて。
 財布を取る暇さえも与えられなかったために俺は最初の一歩で途方にくれることになった。いったいどこへ行ったらいいのか。金がなければどこにもいけないし、それ以前に何もできない。
 俺は大きくため息を吐いた。

「とりあえず学校にでも行っとくか…」

 朝からあんなことがあってすっかり忘れていたが、今日は平日だ。もちろん学校は普通にある。
 通っている高校が徒歩で行ける距離だったことに感謝した。行ったところで遅刻は確定で、おまけに授業道具も何も持っていないのでは先生に怒られることは確実。それでもとりあえず友達に相談したかった。相談してどうなるわけでもないだろうが、とにかく誰かに聞いてもらいたかった。
 そういうわけで学校に行くことにしたのだが、近所の人に会うたびに「がんばれ」だとか「立派に倒してこい」などと声をかけられまくった。
 すっかり疲れた気持ちでトボトボ歩いていき、いつもならば学校の見えてくる辺りにさしかかったところで俺はふと足を止めた。
 学校が見えなかった。
 俺は首を傾げながらも歩き出した。だが、行けども行けども学校は見えてこない。そしてとうとう学校の前まで来てしまった。
 校門の前にはすごい人だかりがあり、やはり学校の建物はない。どういうことかと人を押しのけ、どうにかこうにか人ごみの最前列まで出てみた。するとそこにあったのは、大きなクレーターだった。
 俺は呆然とした。
 昨日ケンジに借りたCD机の中に入れっぱなしだったのに! いや、待て。そういう問題じゃない。じゃあどういう問題だ?
 俺もだんだん頭が麻痺してきた。
 頭を軽く振って気を取りなおし、周りを見回した。とりあえず友達を探そう。
 ぐるっと見回したところですぐに見つかった。と言うか向こうから寄ってきた。
 クラスの中ではとりあえず一番仲の良いコウキだった。何故だかにやにや笑っている。

「すごいだろ」
「そうだな」
「これ俺がやったんだぜ」

 訝しげにコウキを見ると、コウキも俺を見てきた。ただしかなり自慢げに。

「いやぁ、今朝いきなりお前は魔王だーって言われてさぁ」
「………」
「だから手始めに学校を消してみたんだ」

 にこやかに笑うコウキの肩に左手を置き、俺もにこやかに笑う。

「そうか」

右手で思いっきり殴り倒した。

終わり